中国での現地調査・視察は無意味だ

中国共産党政権は新型コロナウイルスのパンデミック前までは世界のグローバル化を巧みに利用して国民経済を成長させてきた。同時に、国内の人権・少数民族問題、テロ問題などでは独自の定義を振りかざし国際社会からの批判をかわしてきた。「人権」では普遍的な定義はなく、各国がその社会の発展状況に合った人権があること、政府の政策に反対する国民は一様に「テロリスト」と呼ばれる、といった具合だ。

そんな印象を17年ぶりに訪中した国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官の6日間の歩みから改めて受けた。バチェレ氏と中国共産党政権の間には深く、どんよりとした河が流れ、両者をつなぐ橋がない、といった状況だ。

訪中日程を終えた直後に会見するバチェレ国連人権高等弁務官(2022年5月28日、OHCHR公式サイトから)

OHCHRのバチェレ高等弁務官のウイグル現地視察

ジュネーブに本部を置くOHCHRのバチェレ高等弁務官は6日間の日程で中国を訪問し、懸案となっている新疆ウイグル自治区を現地視察し、28日、帰国前にオンラインの記者会見をした。

同氏は中国の少数民族ウイグル人への弾圧政策の見直しと改善を要求した。同時に、同自治区で行方不明の国民に関連する情報を家族側に提示することなどを求めた。同氏によると、国連側と中国側は今後も同問題で会合をすることで一致したという。

バチェレ氏は事前に、「今回の訪中は同自治区の現地調査ではなく、あくまでも視察だ」と指摘し、外電によると、同氏は2日間の日程で区都ウルムチと西部の都市カシュガルを視察したほか、「職業訓練施設」(強制収容所)を訪れたという。

あまりに乏しい会見内容

もちろん、2005年以来、17年ぶりの人権高等弁務官の訪中でウイグル人への人権問題の状況が解明され、解決されるとは誰も期待していなかったが、同氏が記者会見で明らかにした内容は余りにも乏しい。

(国際人権グループは、「中国新疆ウイグル自治区では少なくとも100万人のウイグル人と他のイスラム教徒が再教育キャンプに収容され、固有の宗教、文化、言語を放棄させられ、強制的な同化政策を受けている」と批判してきた。中国共産党政権は、「強制収容所ではなく、職業訓練所、再教育施設だ」と説明するが、現状はウイグル民族の抹殺が進められている。ポンペオ前米国務長官は中国の少数民族への同化政策を「ジェノサイド」と呼んでいる)

バチェレ氏の訪中期間にウイグル自治区警察ファイルが欧米メディアで報道され、習近平国家主席の命令でウイグル人への弾圧、同化政策が実施されてきたことが記述された文書の存在が24日、明らかになった直後だ。

追い風を受けた感じだが、バチェレ氏の言動からはまったくそれを感じない。中国高官との間で質疑応答がなかったのだろうか(「『新疆ウイグル区警察ファイル』の波紋」2022年5月26日参考)。

バチェレ氏は25日、習近平主席とオンライン会議をした。中国国家テレビCCTVによると、習近平主席は、「人権という名目で内政を干渉することは許されない。人権問題を政治化すべきではない」と強く主張、「人権では教師は要らない。

国の発展状況に応じてその内容は異なるからだ」と説明したという。バチェレ氏が代表とする国連の人権と習近平主席の「人権」とは大きな隔たりがあるわけだ。

これでは人権問題で会談したとしても、解決策など出てくるわけがない。ブリンケン米国務長官は28日、「人権高等弁務官の訪中が中国側に管理され、完全で独立した人権状況の掌握には至らなかった」と指摘しているが、「人権」で異なった定義を有する者同士が語り合ったとしても、通訳なしの会話と同じだ。両者間に理解など生まれてこない。

中国側のアリバイ工作に利用されるだけ

国連人権高等弁務官を擁護するつもりはないが、バチェレ氏の訪中が成果の乏しいものとなったのは、同氏の政治手腕の欠如とか準備不足だったからではない。OHCHRはバチェレ氏の訪中を実現するために数年の年月を費やして準備してきたのだ。それでも成果がなかったのは相手が中国共産党政権だからだ。

例を挙げる。世界保健機関(WHO)の武漢ウイルス調査団の団長を務めたデンマーク人のペーター・ベン・エンバレク氏は2021年8月12日、デンマーク公共テレビ局TV2の「ウイルスの謎」というドキュメンタリー番組の中で、WHOが同年2月9日の記者会見で発表した調査報告が中国側からの圧力もあって強要された内容となった経緯を明らかにして大きな波紋を投じた(「WHO調査団長エンバレク氏の証言」2021年8月22日参考)。

中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題で世界は「自然発生説」と「武漢ウイルス研究所=WIV」流出説に2分されていた。中国側は前者を主張し、後者を叩き潰すためにさまざまな手を打っていた。

その時、WHOは現地視察に乗り出したわけだが、WHOが選んだ使節団には親中派の英国人動物学者で米国の非営利組織(NPO)エコ・ヘルス・アライアンス会長のペーター・ダザック氏が入っていた。中国側の工作が行われていたのだ(「武漢ウイルス発生源解明は可能だ」2021年11月2日参考)。

WHO武漢調査団もOHCHRのバチェレ高等弁務官のウイグル自治区視察も中国共産党政権の厳しい監視とコントロール下で行われた。それゆえに、問題の解明はもともと無理なのだ。国連機関の現地視察団を受け入れた、という中国側のアリバイ工作に利用されるだけだ。バチェレ氏の訪中はそのことを改めて追認させた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。