「ローマ教皇生前退位」の噂の根拠:手術を受けるよりも辞任したい

独裁者は実際に亡くなるまで少なくとも数回は「死亡説」、「暗殺説」が報じられる。世界の代表的な独裁国家・北朝鮮の金日成主席、金正日総書記もそうだった。

ところで、世界に13億人以上の信者を擁するローマ・カトリック教会最高指導者ローマ教皇は本来、終身制で実際に亡くなるまで“ペテロの後継者”の椅子に座り続けるが、ドイツ人の教皇ベネディクト16世が2013年2月、生前退位を表明して以来、「ローマ教皇も生前退位できる」という新たな世界が開かれた。

ベネディクト16世も生前退位の情報が流れている

719年ぶりに生前退位したベネディクト16世の後継者フランシスコ教皇にも生前退位の情報が既に流れている。根拠のない噂、というわけではない。根拠はあるのだ。それもかなり説得力のある根拠だ。

車いすでゲストを迎えるフランシスコ教皇(バチカン・ニュース2022年6月10日から)

以下、その根拠を箇条書きにまとめてみる。

①フランシスコ教皇は1936年12月生まれ、現在85歳だ。立派な高齢者の年齢だ。通常の世界ならば、年金生活に入っていても不思議ではない。フランシスコ教皇が南米初の教皇に選出された時は既に76歳だった。参考までに、ベネディクト16世は78歳の時コンクラーベで教皇に選出され、85歳の時、生前退位した。実労年数は8年間だ。バチカン内の修道院で名誉教皇として過ごしている。

②フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつすり減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応している。「手術をしたらどうですか」という医者の声に対し、南米出身の教皇は、「膝の手術を受けるよりも辞任したい」とイタリアの司教たちとの会合で呟いたという。

ローマのイル・メッサジェロ新聞(6月9日)が報じている。ちなみに、フランシスコ教皇は昨年7月4日午後、ローマのアゴスチノ・ゲメリ・クリニックでSergio Alfieri医師の執刀による結腸の憩室狭窄の手術を受けた。

③フランシスコ教皇は5月29日、21人の新たな枢機卿を選出した。バチカンニュースによると、ローマ教皇に次いで最高位聖職者の枢機卿の数は208人から229人に膨れる。次期教皇の選挙権は80歳未満の枢機卿にある。132人の枢機卿が選挙権を有している。

看過できない点はフランシスコ教皇が任命した113人の枢機卿の中で83人が選挙権を有していることだ。政治的に言えば、フランシスコ教皇派の枢機卿が次期コンクラーベで最大派閥だ。フランシスコ教皇が選出した枢機卿の中から次期教皇が選ばれる可能性が高いわけだ。

フランシスコ教皇が生前退位したとしてもその改革路線が継承される、というわけだ。コンクラーベで当選には3分の2の支持が必要となる。

④フランシスコ教皇は次期枢機卿会議を8月27日に開催すると発表している。今回選出された21人の枢機卿はそこで正式に任命される。ところで、その枢機卿会議の8月末開催について、バチカンの専門家は、「なぜ教皇は8月末にローマで枢機卿会議を開催するのか」と疑問に思っている。

「教皇が1年で最も暑い時期に世界中から紫の衣を着た人々をローマに招待することは珍しい」(イル・メッサジェロ紙)からだ。

⑤フランシスコ教皇は枢機卿会議後、イタリアのアブルッツォ地方にあるラクイラの町に旅し、そこで開催される教皇ケレスティヌス5世によって始まった「許しの儀式」に参加する。同5世はわずか5カ月の任期を経て、1294年に生前退位した最初の教皇だ。ベネディクト16世は2009年にケレスティヌス5世の墓で祈り、その4年後、生前退位を決意している。

以上の5点の「根拠」に基づき、イタリアのメディアは、「フランシスコ教皇は8月に生前退位するのではないか」と報じているわけだ。それに対し、バチカン関係者は、「教皇の生前辞任は根拠のない」と一蹴した。

なぜなら、フランシスコ教皇はまだ多くの計画を立てており、7月にはコンゴ民主共和国、南スーダンへの旅行(7月2日~7日)とカナダ訪問(7月24日~30日)が計画されているうえ、ロシア・ウクライナ戦争における和平交渉の促進に力を注いでいるからだという(バチカンニュースが10日報じたところによると、フランシスコ教皇は7月のアフリカ2国の司牧訪問を健康理由で延期している)。

Der Mensch denkt und Gott lenkt(人は考え、神は導く)という言葉を思い出す。人間にはさまざまな思惑があって、試行錯誤するが、神は人間を(よき方向に)導くという意味だ。第266代教皇フランシスコの生前退位問題もそうかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。