中国の野望と戦略を注視せよ:『経済安全保障』

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政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である -毛沢東-

著者の北村滋氏は毛沢東や孫子を引用しながら、中国の戦略的思考を解説する。そして、その中国と渡り合うためには、これまでの合理性と利益のみを追求したビジネスモデルでは通用しないことを力説する。

冷戦終了後に拡大を続けたグローバリゼーションによる世界貿易では、各国がルールを守ることを当然の前提としていた。それが経済的手段を利用して相手を屈服させ、技術を搾取することで他国を出し抜こうとする何でもありの世界へと貿易秩序が傾きかけていた。その流れを押しとどめて、新たな貿易秩序を構成する主要な柱が経済安全保障であることを説くのが本書の主眼である。

経済安全保障を説く書籍は巷溢れているが、本書の特徴は何といっても我が国の経済安全保障と関連法案成立に向けて実務面を取り仕切ってきた著者の頭の中を覗くことが出来る点だ。

北村氏が説く経済安全保障とは、強国による脅迫や技術の搾取を許さない公正な競争の確保である。経済界から出される懸念として、中国とのビジネス始め自由な商売の阻害が挙げられる。しかし、北村氏に言わせれば、経済活動を自由に行う上での共通のルール作りこそが経済安全保障であり、今国会で成立した関連法案なのである。

経済安全保障の問題意識の根源は、間違いなく対中政策である。

安全保障上の懸念がある部分は切り離し、安全保障上の問題がない部分については経済関係を維持していくことが重要だ。難しいが、それに尽きると思う。

このように、容易に答えを出すことが出来ないことは北村氏も認める。つまり、本法案は成立して完了する類の話ではなく、常に見直しと国際秩序の変容を見据えた上でのバージョンアップが求められているのだ。

北村氏を追いかけ、本書の聞き手と構成を担当した読売新聞政治部の大藪記者は、まさに経済安全保障という言葉が世に広まりだした頃から一貫してこの問題に取り組んでいる。そして私が佐藤正久議員のスケジュール担当を務めていた時には、外交や防衛の担当記者として頻繁に佐藤事務所にも通っていた。

この大藪記者によると、2012年には読売新聞で年間に1件だった経済安全保障の用語の使用数は急速に増え、2021年には年間で204件にまで増えたという。本書はまさに、ミスター経済安全保障の北村氏と、経済安全保障取材の第一人者・大藪記者との合作による入門書である。