ウクライナと西バルカンのEU統合:EU委員長はウクライナの早期加盟を推奨したい意向

欧州連合(EU)欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は11日、ウクライナの首都キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。

同委員長はロシア軍の侵攻に果敢に戦うウクライナ国民の健闘を称える一方、ウクライナが希望しているEUの早期加盟問題について、「今週中に委員会の提案をまとめ、加盟国に提示する」と伝達した。ウクライナに加盟候補国の地位を与えるかの最終的決定は今月23日と24日のEUサミットで行われるという。

ウルズラ・フォンデアライエンEU委員長とゼレンスキー大統領の記者会見(2022年6月11日、キーウで、ゼレンスキー大統領Fbより)

EU早期加盟を推奨したい意向を示す

同委員長はウクライナのEU早期加盟を推奨したい意向という。数十年かかる加盟交渉をスピードアップするというわけだ。もちろん、27カ国の加盟国の中には反対もある。セルビア、モンテネグロ、北マケドニアなどの西バルカン6カ国のEU加盟問題を無視して、ウクライナを特別扱いできない、という意見だ。

エストニア、リトアニア、ラトビア、イタリア、アイルランドなどは、ウクライナの早期EU加盟を強く支持する一方、フランス、オランダ、デンマークは反対だ。欧州の盟主ドイツの場合、少々複雑だ。ベアボック外相(緑の党)はウクライナのEU加盟候補国の地位に賛成しているが、ショルツ首相は消極的だ。与党「社会民主党」(SPD)は「EU加盟を願っている西バルカン6カ国にとって公平ではない」として、ウクライナの早期加盟には反対、といった具合だ。

ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟を模索、それに反発したロシアのプーチン大統領がウクライナの非武装化と非ナチ化を掲げて軍を侵攻させた。ただ、ロシアとの正面衝突を回避したい米国やNATO加盟国は、「現時点での加盟は時期尚早」と、ウクライナのNATO加盟をやんわりと断った。

それを受け、ゼレンスキー大統領は2月28日、EUの早期加盟に向けて加盟申請書に署名し、ブリュッセルの戸を叩いたわけだ。同大統領は、「EUへの道はウクライナにとって非常に重要だ。ウクライナの国民は、共通の自由と価値観を守るために既に多大な貢献をしてきた」と強調している。ウクライナのEU加盟問題は単に経済的問題ではなく、歴史的、政治的問題というわけだ。

戦争はウクライナに新たなスタートのチャンスを与えた

ソ連解体後のウクライナの経済的、社会的状況はサクセスストーリーからは程遠かった。国際通貨基金(IMF)や欧州銀行による経済プログラムが推進されたが、汚職や腐敗が蔓延して成果は少なかった。その結果、大規模な地域的、社会的な不平等が生じている。

その一方、戦争はウクライナに新たなスタートのチャンスを与えている。具体的には、EUに加盟することで、長期的な安全、法的な基盤、経済発展をもたらせる、という期待だ。

ウクライナにとってプラスは、プーチン大統領のウクライナ侵攻には全ての欧州諸国が強く非難していることだ。軍事大国のロシアと戦うウクライナのEU加盟を強くは反対できないわけだ。ゼレンスキー大統領はロシア軍のウクライナ侵攻以来、常に「この戦いは単にロシアとウクライの戦争ではなく、ロシアと民主主義国家ヨーロッパとの戦いだ」と強調してきた。

EU加盟を願う国の列は長い。加盟交渉が開始決定・交渉開始された候補国はトルコ(2005年)、モンテネグロ(2012年)、セルビア(2015年)、アルバニア(2020年)、北マケドニア(2020年)、潜在的加盟候補国はボスニアヘルツェゴビナとコソボの2カ国、加盟申請国はウクライナ、モルドバ、ジョージアだ。ブルガリアは北マケドニアの少数民族政策に抗議して同国の加盟交渉開始をボイコット。

バルカンにその政治的影響力を拡大してきたロシア

親ロシア派のセルビアはEUの対ロシア制裁の実施を拒絶。また、セルビアとコソボは民族対立がくすぶり続け、セルビアはコソボの主権国家を認知していない。スルプスカ共和国(セルビア人共和国)出身のボスニアのミロラド・ドディク大統領はボスニアからの離脱を脅かし、民族紛争を煽っている、といった具合だ。

ロシアはバルカンにその政治的影響力を拡大してきた。EUにとって、バルカン諸国をロシアからの政治的、経済的影響から引き離すという意味でEU加盟は大きな武器となる。

多民族が交差するバルカンは昔から「民族の火薬庫」と呼ばれ、恐れられてきた。バルカンは欧州の入口だ、その地域の政治的安定は欧州にとって重要だ。欧州はこれまでバルカンで民族紛争が起きるまで関心を示さなかったが、バルカンの動向に常に注意を注ぐ必要がある。

加盟候補国は、35章からなるEU法の総体系を全て受諾し、国内法にする必要がある。ハードルは決して低くはない。加盟候補国は「法の支配の欠如」と「民主主義の深刻な欠陥」、「犯罪ネットワークの拡大」、「経済問題」などの諸問題への解決の道を明確にしない限り、加盟交渉は完了しない。

欧州の統合を考えると、どの国も等しくシェンゲン協定に加盟し、通貨同盟に参加することはできない。それぞれの国の発展、経済状況、改革へのテンポが異なるからだ。だから、加盟候補国には、少ない権利だが、少ない責任で済む、といった選択肢があってもいいのではないか。加盟交渉のスピードアップにつながるからだ。

EUに変わる新たな政治組織を設立することを提唱したマクロン大統領

ちなみに、フランスのマクロン大統領は5月9日に訪独した際、ショルツ首相との会談の席で、ウクライナのEU加盟は「数十年かかる」との見方を示し、EUの枠を超え、英国などの加盟も想定した新たな政治組織を設立することを提唱している。EUの抜本的改革の必要性を主張している。

主権国家のアイデンティティを尊重し、加盟国の多様性を維持しながら、EUの共通の価値観をこれまで以上に明確することが大切となる。ウクライナ戦争はEUに共通の価値観、世界観を確認するチャンスを提供しているといえる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。