ローマ・カトリック教会の総本山、ローマ教皇庁を訪問する日本の要人が増えてきた。岸田文雄首相は5月4日、バチカンを訪問し、フランシスコ教皇を謁見したばかりだが、今月15日には国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満泉氏がフランシスコ教皇を謁見した。
核軍縮や増大する軍事費問題についての意見を交換
中満事務次長は2017年から軍縮担当事務局を率いている。国連事務局に所属する同部門は、核兵器の拡散を制限し、核兵器、生物兵器、化学兵器の分野で軍縮を促進する任務を負っている。
今月21日から開始される核兵器禁止条約(Treaty on Prohibition of Nuclear Weapons=TPNW)の最初の締約国会議がウィーンのオーストリアセンターで開催されることもあって、中満氏は教皇と核軍縮や増大する軍事費問題について意見の交換をしたという。
中満氏はツイッターの中で、「教皇は『焼き場に立つ少年』の写真のことを思い出され、側近をお呼びになって『戦争がもたらすもの』とのメッセージと教皇さまの署名入りの写真を数枚別室からわざわざお取り寄せになり、私に数枚持たせてくださいました」と書き、教皇からは、「困難な中で努力を続ける勇気とインスピレーションを頂きました」と述べている。
日本の政治家、要人との会談に積極的に応じるフランシスコ教皇
ちなみに、フランシスコ教皇は2019年9月23日に訪日し、東京のほか、広島、長崎の被爆地を視察するなど、核軍縮問題には強い関心を持っている。安倍晋三元首相は2014年にバチカンで教皇と会談し、来日を招請。日本政府は教皇に被爆地の広島・長崎で犠牲者のために祈祷をお願いし、東日本大震災の被災地でも被災者に激励の声をかけてほしいとの希望を伝達している。
先進7カ国首脳会談(G7)で来年は日本が議長国となるので、(親が広島出身の)岸田首相は広島でのG7首脳会談の開催を計画している。そして、国連事務次長で軍縮問題担当の中満泉氏が教皇を謁見訪問したわけだ。いずれにしても、フランシスコ教皇は核問題と関係する日本の政治家、要人との会談には積極的に応じている。
なお、バチカンは核の軍縮を「倫理的な義務」と位置づけている。バチカンの外務局長、ポール・リチャード・ギャラガー大司教は春の国連会議で、「核兵器のない世界は可能で必要だ」と訴えている。
「核なき世界」という理想と、核の抑止力を重視する現実世界
ところで、ウィーンで開催される第1回TPNW締結国会議について、国連情報サービス(UNIS)のニュースレターから少し紹介する。
会議はホスト国のオーストリア外務省核軍縮担当部長のアレクサンダー・クメント大使が議長を務める。第1回TPNW締結国会議は20年以上にわたって交渉された最初の多国間核武装解除条約で、2017年7月7日、122カ国の賛成多数で国連で採択され、2021年1月22日、条約批准国の数が50カ国に達したことを受け、発効した。
一方、日本は被爆国だが、米国の「核の傘」の下にあり、隣国の中国と北朝鮮が核を保有している現状から、日本が核兵器禁止条約に署名することは国防上賢明ではないという判断もあって、TPNWには署名していない。会議にはオブザーバーとして参加する。
TPNWでは核兵器を「非人道兵器」と定義し、核兵器のない世界を目標に、核兵器の開発、保有、使用を例外なく禁止した国際条約だ。核拡散防止条約(NPT)が核保有国の権利を維持する一方、非核保有国の核活動を制限する不公平な条約として批判の声があり、核軍縮が進展しない大きな要因となったきた。
それに対して、2010年頃から核兵器を法的に禁止しようとする動きが出てきた。TPNW条約に署名した国は6月現在、86カ国、そのうち、62カ国が批准・加盟国だ。日本のほか、米国、ロシアなど核保有国は署名してない。
ウィーンの第1回締約国会議では、核廃絶への行動計画や、核実験で被害を受けた国民救済案をまとめる一方、核軍拡加速に警鐘を鳴らす「政治声明」を策定し、核保有国に軍縮を求める予定という。
参考までに、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は13日、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。
核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している(「イランは10番目の核保有国目指すか」2022年6月14日参考)。
核軍縮問題では既存の核保有国と非保有国の溝は深い一方、「核なき世界」という理想と、核の抑止力を重視し、核保有に執着する世界の現実の間にも大きな隔たりがある。「今日の理想」が「明日の現実」になるためには、「今日の現実」を冷静に見つめることが大切だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。