北米は住宅価格も下がるのか?:日本の建物の減価償却の問題とのちがい

このところの株価の下落傾向、金利の上昇局面を踏まえ一部で北米の住宅価格も影響を受けるのではないか、というコメントを見かけます。住宅価格は北米と日本では全く違う動きで、その分析はマネーという観点だけではわかりにくいものがあります。そのあたりを今日は考えてみたいと思います。

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日経の「Think」という識者のコメント欄でしばしば登場するマネックス証券の大槻奈那氏。彼女は覚えている方もいるかもしれませんが、昔、火の玉理論などでテレビのクイズ番組で有名になった大槻義彦早稲田大学客員教授の娘さんです。数年前、大槻教授ご夫妻と日本でお昼を共にした時、「最近は自分よりも息子(上智大学教授)よりも娘が稼ぎ頭だよ」なんて言うほどのご自慢のお嬢様です。

その大槻さんが「前例なき利上げの難路」という日経の記事に対して「Think」で「米国では、資産価格だけでなく物価も40年間で約4倍になっていますので、長期でみるとこの差は極端ではありません。資産価格が物価を大きく上回ったのはコロナ禍。この2年間の累計上昇率は、物価が13%程度に対し住宅は40%(ケースシラー20都市平均)、株価は26%(S&P500)でした。住宅の上昇が特に大きいのは、株購入にはレバレッジがかけられないが住宅は個人でも借入ができるため。マネー膨張で頭金ができ、かつ、低金利で借りられたことに支えられたとすると、価格は住宅から順に調整されると考えざるを得ません」。

このコメント、よく書けているのです。分析力も素晴らしいです。ただ、最後の一言が強烈すぎて読者を惑わすかもしれません。「価格は住宅から順に調整される」であります。「調整」なので「下落」「崩落」ではないのですが、読者の想像力は逞しいので過敏に理解するかもしれません。

今、私の周りで住宅ローンを抱え、かつ、variable (変動金利)で設定している人は青くなっています。しかもまだ金利の天井が全く見えないのです。ではこの人たちは住宅を売却するのか、といえばforclosure(差し押さえ)でない限り極力ローンの支払いを努力するでしょう。カナダの差し押さえ率は21年で0.2%、アメリカで0.11%となっています。金利が低い限りにおいては当然の低さです。

ではリーマンショックの頃は、といえばアメリカでは2008年から10年の3年間は概ね2%前後と通常の20倍ぐらいの差し押さえ率になっています。では価格にはどのように影響したかといえば全米の住宅価格は当時2割強下げています。(ラスベガスなどの投資用物件では狂乱の下げを記録しましたが、あれは別次元です。)ところが住宅というのは株やその他の投資と違い、住むところとして絶対に必要なのです。株は損してでも売ればいいけれど住宅は売れば明日から住むところがないという意味で一般の投資と一緒くたにしてはいけないのです。

リーマンショックの経験を踏まえ、金融機関もモーゲージについては厳しいハードルを設定しています。よって今回、金利が大きく上昇してもリーマンショックほどの住宅価格への影響は少ないだろうとみています。

たとえばDelinquency Rate(ローン延滞率)はアメリカの住宅バブルピークの2007年第一四半期で2.01%でその後、2010年には11.36%まで駆け上りますが、現在の延滞率は2.13%で落ち着いています。またITバブルの崩壊の時は2%強でほとんど影響が出なかったのです。

もう一つは北米の住宅市場の特殊性です。日本は「一生の住処」なんていうコマーシャルのキャッチコピーもあり一度買った住宅と一緒に心中するぐらいの感じですが、北米は基本的に「ヤドカリ」ですので5-10年ぐらいでどんどん変わる人が多いのです。つまり、住宅市場は常に売りと買いが豊富に存在しており、ライフスタイルに合わせた取引市場が形成されているのです。

その為、新しい住宅への需要は常にあり、新築物件が作り出す住宅価格基準が一つの市場価格の形成に極めて重要な役割を果たすのです。例えば今、ある地域のコンドミニアムの価格が1億円だとします。ここに新しいコンドミニアムが建築されこの販売価格が1億5000万円だとします。するとこの地域の市場価格は1億円だったものが1億2-3000万円に引き上げられてしまうのです。何故か、といえばあくまでもReplacement Value(再建築価格)を基準に考えるからです。10年前の物件なら1億円で買えても今なら1億5000万円は当然の帰着になるのです。

日本の方々は「おいおい、建物は減価償却するだろう」と言います。するのですが、固定資産税の評価でも再建築価格のファクターが大きいため建物の金額がそう下がらないのです。私が口を酸っぱくして言う日本の建物の減価償却の問題、木造22年RC造47年は実用の半分ぐらいの短さなのです。

日本の税務当局と国交省はなぜこれを変えないのか、たぶん、法人による償却の促進、つまりで単年度償却額を増やすことで損金を増やし、税務上有利にするという発想ではないかと思うのです。これを倍の長さにすれば税収は増える一方、業界からは悲鳴が上がるでしょう。それと国交省は建て替え促進を図っているのではないかと思います。つまり戦後すぐに建てられた古い建物を早く壊し、より安全性耐震性の高いものに建て替えさせる思惑でしょうか?

これら日本の特殊要因に対して北米は住宅は実用性が最も高い資産であり、かつ、通常の家庭では一家庭一軒しかないのでその価格を絶対に守ることが使命でもあるのです。

冒頭の大槻さんが指摘するようにアメリカは住宅価格は40年で4倍になっています。これは正しいし、今後も更に上がります。もちろん、短期的に見ればリーマンショックのような変動幅は存在するかもしれません。が、株式投資と違い、いくらヤドカリ族の売買が頻繁にあったとしても損をしてまで売らざるを得ない人は少ないのです。つまり不動産にはやっぱり神話があるのです。

私がいろいろな方に「(カナダで)住宅を買うべきか?」と相談されれば過去20数年、一度も迷うことなく「買いです」と申し上げてきました。むしろ、住宅による資産形成がないと老後、日本のような手厚い介護の仕組みがないので大変なことになるし誰も助けてくれないということになるのです。住宅こそが最後の「拠り所」という発想です。

つまり、大槻さんの「価格は住宅から順に調整される」はほとんど意味がないし、仮に価格調整があったとしてもそれは住宅ローンが払えない層のごく一部の話に留まるとみています。今回の金利上昇は急上昇となりますが、上昇期間がそれだけ短く、2年後には下落開始の予想もあります。とすれば私は住宅市場全般への影響はせいぜい10%とか15%といったレベルの「軽微な」価格変動に収まるとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年6月20日の記事より転載させていただきました。