「LGBT月間」に思う

6月もあと10日余りを残すだけとなった。今月は「LGBT月間」(Pride Month)ということで、世界的に性的少数者の権利を擁護する月として、LGBT関連のイベントが各地で行われてきた。

「ウィーン・プライド」のフェイスブック(6月11日)から「パレードに参加する性的少数派の人々」

オーストリアでもさまざまな関連イベントが行われてきた。音楽の都ウィーン市がスポンサーとなっていることもあってLGBT運動を積極的に支援している。市営路面電車はLGBTを示す虹色の旗をつけて走っている。ウィーン市当局の公式サイトによると、同市には性的少数派の市民が約18万人いるという(ウィーン市の人口は約180万人だから、10人に1人が性的少数派という計算になる)。

オーストリア国営放送では「LGBT月間」のコマーシャルが流れている。最初はそのスポットがLGBTと関連するものとは気が付かなかった。若い男性同士が接吻したり、女性同士が抱擁しているシーンが流れる。新しい映画の宣伝かと思ったが、LGBTについてコメントが入るころになって、LGBTの啓蒙活動のコマーシャルと分かった。

日本でNHKがそのようなスポットを流したらどうだろうか。物議をかもすことは間違いないだろう。日本のメディアでもLGBT関連のイベントや討論番組などがあるだろうが、いい悪いは別として、欧州はLGBTの分野では先行している。

パレード行進の意義

「LGBT月間」のピークはいつものことだが、路上パレード(レーゲンボーゲン・パレード)で半裸姿の男女が踊りながら行進する。なぜそのような行進がLGBTの啓蒙につながるのか、少々理解に苦しむが、半裸の男女の行進はメディアに恰好のシャッターチャンスを提供していることは間違いない。ただ、パレード行進の姿をみた子供たちはどう思うだろうかと、ついつい考えてしまう。

驚いたことに、参加者の中にヨハネス・ラウフ保健相(緑の党)が笑顔を振るまきながらパレードに参加している姿が国営放送の夜のニュース番組に映っていた。同保健相は自身の事務所にLGBTの虹色の旗を飾るなど、どうやら熱心なLGBT支持者らしい。

当方にとって、性的少数問題といえば、オスカー・ワイルドを思い出すし、人工知能の生みの親といわれるチューリングの名前がすぐ浮かぶ。アイルランド出身の作家オスカー・ワイルド(1854~1900年)は同性愛者として刑罰を受け、刑務所生活を送った。ワイルドの家族は迫害から逃れるために名前を変え、ひっそりと生きて行かなければならなかった。

英国の数学者で人工知能の父といわれるアラン・チューリング(1912~54年)も同性愛者だった。彼は強制的にホルモン注射を受けさせられ、最後は自殺している。LGBT関係者への差別は排除しなければならない。性差で人を差別することは間違いだからだ。

問題は、性的少数派が社会の多数派と同様の法的権利と保護を受けるべきかという点だ。社会は多数派によって運営されている。婚姻も男性と女性の異性婚を前提にしている。しかし、同性婚を異性婚と同様に認知する国が先進諸国を中心に増えてきた。

性的少数派にも多数派と同様の法的権利を与えるべきだという主張が次第に社会の市民権を得る勢いを見せている。寛容と多様性という魔法の言葉が闊歩し、性的少数派に理解を示さない人は逆に差別される、といった具合だ。

ちなみに、世界でオランダが2001年4月1日、同性婚を最初に合法化した。その後、欧州を中心に同性婚を認知する国が増え、2021年9月の時点で30カ国が同性婚を認めている。欧州で同性愛者の婚姻を認めていない国は3カ国しかない。イタリア、ギリシャ、リヒテンシュタインだ。

性的概念と性的嗜好の膨張

メディアによると、現代は生物学的性と性自認が完全に一致していると感じる人が少なくなってきた。男性、女性のどの性にも属さない性自認(ノンバイナリー)を主張する人も出てきたという。

人間は男性、女性の2性ではなく、その混合性を含んで3性が存在すると主張する知識人がいる。「女性は女性として生まれたのではなく、女性となるのだ」といったジェンダー問題での社会的条件を強調する学者もいる。

メディアは好んで過激なジェンダー論を報じるが、忘れてはならない点は、21世紀に入っても人間は生物学的には男性か女性のいずれかの性をもって生まれくるという事実だ。

キリスト教的観点からみると、「神は自身の似姿に基づいて人を創造した。男と女を創造した」という「2性論」だ。初めに神の言葉があったように、神の創造では初めにジェンダーがあったわけだ。決して、ジェンダーはあとから付け加えられたものではないのだ。宇宙・森羅万象がその神の似姿の反映とすれば、全ての存在は必然的に2性的な要素を抱えた存在といえる(「初めにジェンダーがあったのか?」2021年5月10日参考)。

生まれた時から与えられた性に対して違和感を抱く人はごく少数だがいる。独週刊誌シュピーゲルには性転換した人々の話が掲載されていた。彼らにとって性転換は避けて通れないのかもしれない。

自身の性的志向について、著名な人物が公の場でカミングアウトするケースが増えているが、メディアの話題となることがあっても、それを聞いた人間に好奇心以上の感情を生み出すことは少ない。

性的少数派を意味する「LGBT」は今日、「LGBTIQ」と呼ばれる。性的少数派のカテゴリーが増えてきたのだ。そのような中で、男性と女性という生物学的「2性」は変わらない。性的概念と性的嗜好だけが膨張し、一人歩きしてきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。