先頃、アメリカの友人から政治とファッションに関する研究プロジェクトを立ち上げたが、日本に関心のある政治学者はいないかとの問い合わせがあった。
なになに、ファッション? この言葉、まず思い浮かぶのが華やかなモデルや最先端のきらびやかな衣装であり、そうした事柄とは縁のなさそうな政界とはおよそ結びつかない。けれど、よくよく考えると、現代の政治家にとって、何を身につけ、自分の姿形をいかに有権者に印象付けるかは極めて重要だ。
政治家の服装には大きく2つの機能がある。一つは、シンボル(象徴)で、衣服、帽子、靴、装身具など、身に着ける物が、特定の政治家を連想させ、その政治家を表す記号として働く。たとえば、2016年のアメリカ合衆国の大統領選挙では、ドナルド・トランプが赤い野球帽、一方ヒラリー・クリントンはパンツスーツがそれぞれの換喩になった。
熱狂的なトランプ支持者がその証として同じ帽子を被っていたのは、日本でもよく知られているが、クリントンにも「Pantsuit Nation」という、彼女のパンツスーツをシンボルにした支持組織がフェイスブック上で結成されていたのである(Los Angeles Magazine, Nov. 8, 2016)。このグループのメンバーは主に女性で、自分たちもパンツスーツを着て、彼女への支持を表明した(Statesman Journal, Nov. 7, 2016)。
アメリカ連邦議会上院の議場では、1993年まで女性のパンツスタイルを禁じる暗黙のルールがあった。その後、パンツの着用は認められ、女性議員の衣服として定着したものの、クリントンのパンツスーツはしばしば批判や揶揄の対象になってきた。しかし、それにもめげず、パンツスーツを着用し続け、やがて彼女の印となったのである。
二つ目は、身なりによって、有権者に自己の政治的信念や意見、政策等を伝えようとするメッセージ機能である。服装で政治的信念を表現した先駆けと思われるのが、ドイツ緑の党のヨシュカ・フィッシャーだ。
1985年、ヘッセン州の環境・エネルギー相に就任したフィッシャーは、貧相なジャケット、ジーンズにテニスシューズという出で立ちで厳粛な宣誓式に出席し、ドイツ国内ばかりか、世界中を驚かせた。この型破りな服装を通して、フィッシャーは反体制と環境主義という自らの信条を具現化しようとしたのである(DW. COM, Sept. 15, 2017)。
ロシアのウクライナ侵攻が始まるや、西側の政治家たちは青と黄の色合いの物を身に着けて、ウクライナ支援をアピールした。さる6月17日、ウクライナのEU加盟候補国認定を勧告した欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、ウクライナ推挙の記者会見にウクライナカラーの服装で臨み、ファッションでも同国支持を訴えた(TIME, June 17, 2022)。
服装による政治的意思表示は、身に着けるものがバラエティに富む女性のほうが積極的である。アメリカ民主党の女性議員は、女性の人権擁護や女性への連帯の意思表示をする際には、女性参政権カラーと呼ばれる白い色の服を着る。カマラ・ハリスも、以前の投稿でも書いたが、2020年11月8日のバイデンの大統領選勝利宣言の折、先達への敬意と女性有権者との連帯を表すために白一色の衣装で登壇した。
メークや小物も政治的表現の道具だ。2019年のアメリカ下院議員選挙において若干29歳で初当選を果たしたアレクサンドリア・オカシオ=コルテスのトレードマークは真っ赤な口紅である。プエルトリコをルーツにもつ彼女は、赤をその出自の隠喩として用い、移民社会と多様性の尊重を訴える(TZR, Jan. 26, 2021)。
さらに、アメリカで新型コロナが猛威を振るっていた一昨年、下院議長のナンシー・ペロシ(民主党)のマスクが話題になった。顔の下半分をすっぽり覆うデザインもさることながら、洋服の色と合わせたコーディネートはインパクトがあった。だが、このマスクファッションには、マスク着用を推奨する疾病予防管理センターの指導に従うよう有権者に呼びかけるとともに、コロナ対策を軽視するトランプへの批判が込められていた(Insider, Oct. 27, 2020)
たかがファッション、されどファッション、政治家の装いは雄弁に語る。さて、日本の政治家はファッションで何を語るのであろう。次回、独断と偏見をご容赦願いながら、考察してみたい。