世の中を覆う厭世観:この2年間でビジネスプレーヤーが大きく入れ替わったわけ

2019年、日本は訪日外国人に沸き、トランプ大統領の発信力が嫌でも聞こえ、米中はガチンコ勝負をしながらも負けん気一杯の強さを感じることが出来ました。英国はEUから離脱し、新しい国のあり方について国が大きく揺れながらも未来志向の発想を展開したと思います。その点では地球全体の天気は晴れだったのでしょう。

2020年初頭に突然降り出したコロナという雨は地球全体を2年以上の間、分厚い雨雲が覆い、少なくとも生きている人間にとって未知の恐怖心に包囲され、世界の指導者や政府は紆余曲折の対応で試練の時を過ごしました。

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ようやく、このコロナという暗雲から薄い日差しが差し込んできたと思えばロシアがウクライナへの地上戦という現代社会では考えにくい戦いを挑みました。世界経済はリハビリ状態で、物流や半導体不足のトラブルに陥っている最中の侵攻でした。当初は誰もが、そして当のプーチン大統領ですら短期決戦だと思っていたのに想定外の長期戦となり、ウクライナの国家は破壊されました。

これを見た欧州はロシア侵攻からの防衛を第一義にNATOの強化が叫ばれます。一方、アジア地区では膨張する中国と潜在的な台湾問題に対してアジア太平洋諸国が連携を模索します。

この間、経済は再び方向感を失います。ダウは年初に36800㌦をつけた後、乱高下しながらも確実に下がり続け今や31000㌦そこそこです。ハイテク株の多いナスダックは目も当てらない状況となりましたが、単に業績問題というよりそもそも夢を買うような論理性に乏しい株価であったわけでその修正が続いているといったほうが良いのでしょう。この状況は2000年代初頭にITバブルが崩壊した時と全く同じ構図なのですが、20年以上経つと人はその痛みを都合よく解釈します。「今回は違うはずだ」と。

国内に目を転じると岸田首相の「新しい資本主義」がさっぱり盛り上がりません。一つには安倍元首相の暗躍もあり、もともと色が薄めの岸田カラーがより不鮮明であることが大きいでしょう。そもそも岸田氏が首相になったその時から岸田氏の経済対策で「なるほど。いいねぇ」とわせたことはほとんど何もありません。「経済の岸田」ではないのに「資本主義」と言う大所高所の学者が好むような呪文を唱えようとしたことがそもそものセンスずれであります。

参議院選挙を前に国会の閉幕近くに立憲民主党は無意味な内閣不信任案を提出しました。「物価高に無策だ」と。では立民なら何ができるのでしょうか?どうせ政府のお金のばら撒きの話でしょう。これではコロナ対策の延長と何ら変わりありません。

今、我々に必要なのは活力です。知恵と希望といった古臭いありきたりの言葉が一番似合うかもしれません。ニュース欄を見てもろくなことが起きていません。連日の詐欺事件の報道だけでもうんざりしますが、社会ニュースで逮捕される輩の事件背景は情けないのひとことです。

地球上のすべての人にこれから山登りをしようという気構えや体力がありません。平坦な道をゆっくり、でもどこに向かっているかよくわからず、その先頭を行く指導者もよくわかっていなかったりします。

これを厭世観と呼ばずしてなんというのでしょう。

私はコロナの期間を含め、平日は全日事務所に通い詰めました。事業は強制的な制約があったオンタリオ州の店舗だけは若干影響を受けましたがあとは全部平常通りです。我々はコロナを特別視せず、感染に気をつけながらもずっと緊張感を持っていつも通りの事業を行い、コロナで苦しむテナントや顧客の対応をし続ける日々を送りました。つまり、物理的にもメンタル的にも仕事的にもコロナの「しわ」が生じなかったことが今思えばよかったのかと思います。

私の周りでも歯を食いしばった経営者は今でもイケイケドンドンですが、脱落者も多く生じたというのが大きな印象です。大げさに言えば2年前と今では周りにいるビジネスプレーヤーが大きく入れ替わったといったらよいでしょうか?それぐらい大シャッフルが起きたといっても過言ではありません。

こういう時代ですのでとにもかくにも元気のよい人たちがリードする社会を築くのが一番です。民主主義やら権威主義やら新しい資本主義やらいろいろ出てきますが、それよりも草の根の活力を肌で感じ、一歩一歩踏みしめながらはるかかなたの光に向かってまた進みだすことが大事だと思います。

長い道のりになるかもしれませんが、我々は気をとりなして前を目指すしかないのです。ガンバロウ!

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年7月5日の記事より転載させていただきました。