バイデンがインフレ対策で対中制裁関税を緩和か(後編)

米中貿易交渉も終盤の19年5月5日、トランプが、米国は5月10日に中国からの輸入品2000億ドルに対する10%の関税を25%に引き上げるとツイート(後に正式確認)。

バイデン大統領 同大統領Fbより cbies/iStock

ここで「年表」は、「トランプは関税の脅威を再燃させた」 と書く。が、トランプの怒りが、ほぼ出来上がって合意文書を、中国が全面的に修正して米国に送付したことにあるという経緯は、多くの者の記憶に残っているのではあるまいか。

5月13日、中国は5月10日の関税率10%⇒25%への報復として、6月1日から前年9月からの600億ドルの米国からの輸入品のうち360億ドルを対象とする関税率を25%にする意向を公表。

8月1日(米中貿易協議の別のラウンドの直後)、トランプは、米国は中国からの3000億ドルの追加輸入品に10%の関税を課し(25%でなく)、9月1日に発効させると発表。具体的には9月1日から1120億ドル、12月15日から1600億ドルで、玩具、履物、衣料品などの最終消費財が対象。

中国は8月23日、報復として9月1日と12月15日から、米国の自動車に対する平均関税率の12.6%から42.6%への引き上げを含む、750億ドルへの追加課税を公表。

するとトランプは同日、9月1日からの1120億ドルと12月15日からの1600億ドルに、15%(10%でなく)の関税を適用すると共に、現在の2500億ドルの25%の関税を、10月1日から30%に引き上げると発表。

9月11日、中国が18年に課した報復関税のうち動物飼料、化学品、石油製品など16製品(約20億ドル)の除外を発表すると、トランプも8月23日に決めた2500億ドルに対する25%⇒30%へのUPを10月1日から10月15日に延期し、双方が歩み寄った。

10月11日、トランプは10月15日からの2500億ドルに対する関税引き上げ(25%⇒30%)実施しないことを発表、併せて、交渉の結果、中国との「実質的な第1段階の取引」を近々行うことになったとし「文書化を条件とする」と述べた。

トランプは12月13日、12月15日の関税引き上げを中止し、両国は20年1月に署名する予定の86ページの協定文書に合意したことを公表。20年1月15日には、対米輸入品を17年比で2000億ドル追加して購入することに中国が同意したことを含む協定に双方署名。

2月14日、対中輸入品に対する米国関税は18年比で約6倍高いまま、同協定のフェーズⅠが発効。しかし1年後の21年2月8日、中国による20年のフェーズⅠ協定対象品の対米国輸入額は940億ドルで、コミットメント(1590億ドル)の59%だったと判明。

21年10月4日、中国の20年と21年のフェーズⅠ輸入額が1140億ドル(57%)で、貿易戦争前のレベルにも及ばないと予想される中、バイデン政権は対中輸入品約3350億ドルの関税によって悪影響を受ける米国の輸入業者を選択的に救済する「ターゲット関税撤廃プロセス」の開始予定を公表。

USTRタイ代表は22年3月28日、トランプ政権下で課された米国301条関税のうち、352品目の適用除外を復活させ、21年10月12日に遡及適用し、22年12月31日まで延長されることとした。

また「年表」は「米国半導体覇権を守るために」として、以下の様に先端材の攻防の項を設けている。

まず16年3月7日、商務省がZTEをEntity Listに追加して制裁し、ZTEが罰金11億9000万ドルを支払って和解した件や、その後のZTEの違反と4億ドルの違約金で再和解したことなどが18年7月まであった。

19年1月28日には司法省がファーウェイを、金融詐欺、マネーロンダリング、米国を詐取する陰謀、司法妨害、制裁違反で告発。商務省も5月15日にEntity Listに追加し、ファーウェイによる米国で生産される品目へのアクセスを制限した。

8月19日、商務省はファーウェイ関連会社(英独仏など数十社)もEntity Listに追加、ファーウェイが米サプライヤーから物品を入手することを困難にし、20年5月15日にはファーウェイが半導体製造に使用する米国のソフトウェアと技術を外国企業から取得することを対象とする、外国産直接製品規則と事業者リストを改正した。

20年8月17日、商務省はファーウェイのチップへのアクセスを制限すべく、外国産直接製品規則を再修正し、米国外で開発され、米国のソフトウェアや技術を使用する半導体に対し、米国内で製造されたチップと同じライセンス制限を適用した。これによりファーウェイの息の根がほぼ止まった。

以上が「トランプ大統領の貿易戦争年表 アップトゥデートガイド」の概要だ。その記述は淡々と時系列に並べているようだが、行間には関税引き下げの提灯持ち論文としての主張が垣間見える。

が、筆者は、如何にもビジネス界で一家を立てたトランプらしいのタフな交渉と、それにタジタジになりながらも鸚鵡返しの報復を繰り出す習近平の面子が、この貿易戦争で際立ったと見る。とはいえ、彼我の輸入額に3倍の開きがある上、先端材を米国に握られている習には分がない。

このピーターソン国際経済研究所(PIIE)の「年表」に筆者が辿り着いたきっかけは、4日にブルームバーグが報じた「上院民主党員、バイデンにインフレ対策として関税撤廃を要請」との記事だ。

記事には、ケイン議員が「関税は良く考えられたものでも、良く実行されたものでもない」、「中国の不公正な貿易慣行を大きく変えることはできず、米国人のポケットからドルを奪っている」と述べたとある。更にネット検索すると、前編冒頭に記した「Morningstar紙」にPIIEの記述があった

ケイン議員の発言に、筆者は賛同しかねる。というのも、19年5月、つまりトランプが対中輸入2000億ドルに対する10%の関税を25%に引き上げるとツイートした頃、筆者は本欄に「米国の対中追加関税、玉川徹氏『米国民が払う』は正しいか?」を寄せたからだ。

その要旨は、関税収入は国庫に入る。行政サービス等で還元される国民には「行って来い」なので、玉川氏の言は間違いではないが、不十分と言うもの。「年表」にも、トランプが18年7月24日、「・・関税賦課により輸出売上が減少した分、最大120億ドルを米農家に補助すると発表」とある。

中国品の関税収入は腰だめ計算で3000億x25%=750億ドル/年、今のレートで10兆円を超える。その国庫収入をバイデン政権は影響の軽減に活かし切っているのかとの疑問が湧くし、トランプ政権の補助金がTSMCのアラバマ立地が促進した側面などが軽視されているとも思う。

バイデン政権内では、イエレン財務長官とライモンド商務長官が北京の貿易慣行への対処に効果的でないとして関税引き下げに賛成である一方、タイUSTR代表とサリバン安保補佐官は、中国に影響力を行使するためのツールとして関税維持に賛成で、割れているようだ。

が、そも考えるべきは、なぜトランプは中国に対する制裁関税を始めたのかだ。バイデンは、鄧小平の「韜光養晦」にほだされて改革開放政策に協力した結果、横行し始めた技術・知財の盗取や補助金などによる不公正な貿易慣行を正すために始めた、この貿易戦争の原点を蔑ろにしていまいか。

インフレ対策としてバイデンが先ずやるべきは、その主因たるロシアの暴挙を、プーチンと直談判して辞めさせることだ。キューバ危機を防いだケネディやソ連を崩壊させたレーガンを見習え。国益に適わないINF条約やパリ協定を抜けたトランプの果断さも。

FBIとMI5の長官が揃って、中国による知財スパイ行為や西側への政治介入を「我々の経済や安全保障にとって長期的な最大の脅威」と警告する中、インフレ対策には効果が薄い関税引き下げを強行するなら、共にわずかに余喘を保つ老バイデンの政治生命が尽き、習近平が息を吹き返すだろう。