聖職者の性犯罪は教会組織の問題

世界各地のローマ・カトリック教会で数万件にもなる聖職者による未成年者への性的虐待事件が発生しているが、その犯罪は聖職者の個人的な犯行であって、教会側とは直接関係がないから、「カトリック教会の性犯罪を組織犯罪と呼ぶのは不適当だ」という声をこのコラム欄の読者から頂いた。そこで以下、世界に13億人以上の信者を誇るカトリック教会の性犯罪が教会という組織に深く結びついた犯罪であることを手短に説明したい。

フランシスコ教皇、名誉教皇ベネディクト16世に枢機卿会議後、新枢機卿任命を報告(バチカンニュース2022年8月27日から)

ローマ・カトリック教会では過去、アイルランド教会、オーストラリア教会、ドイツ教会、フランス教会を含む世界各地で聖職者による未成年者への性的犯罪が発生してきた。各国教会は世論の圧力に屈し過去の性犯罪を調査した報告書を公表してきた。詳細な件数、その内容を知りたい読者は当コラムのカテゴリ「カトリック」(889本)をクリックしてほしい。カトリック教会の「元聖職者の告白」から、聖職者の性犯罪の犠牲となった信者、修道女の告白まで様々なテーマを報告してきた(例・「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。

宗教団体の中で刑事訴訟を含む民事訴訟の件数からいうならば、カトリック教会は残念ながら断トツに多いだろう。民事訴訟は、教皇以外では最高位の枢機卿を含め、司教、神父、教会合唱隊の関係者、寄宿舎関係者などが直面している。「民事訴訟件数が多いからといっても、それは個々の聖職者の問題で、組織とは関係ない」という声があるが、カトリック教会の組織構造やその運営、歴史を少しでも理解すれば、そうとはいえなくなる。教会とその関連施設内での性犯罪は個人の犯罪というより、教会が生み出した犯罪という面が大きいのだ。米教会では聖職者の性犯罪への賠償問題で破産に追い込まれた教区も出てきている。

カトリック教会の性犯罪問題では、未成年者へ性的虐待を犯した聖職者への批判よりも、その性犯罪を知りながら隠ぺいしてきた教会指導部への批判の声が大きい。教会上層部が聖職者の性犯罪を組織的に覆い隠し、性犯罪を犯した神父を他の教区に移動させ、そこで青少年の牧会を担当させていたといった話は少なくないからだ。例えば、今年1月20日公表された報告書によると、ベネディクト16世はミュンヘン・フライジング大司教時代、「少なくとも4件、聖職者の性犯罪を知りながら適切に指導しなかった」と批判されている。

最新の報告書によると、ドイツ教会トリーア教区での性的暴力を調査してきた独立委員会(UAK)は今月25日、最初の中間報告を発表したが、それによると、聖職者の性犯罪の犠牲者は513人、容疑者または有罪判決を受けた加害者は195人だった。犯罪は1945年から2021年の間に発生した。そして、「容疑者または有罪判決を受けた加害者は教区の内外に移され、新しい場所で同じように若者や子供に虐待行為を繰り返してきた」と批判した。UAKは「トリーア教区のベルンハルトシュタイン元司教は1967年から1980年までの任期中に聖職者による子供への性的虐待について知りながらその事実を隠蔽した」と非難している(バチカンニュース8月25日)。

昨年10月5日、欧州のカトリック教国フランスで、1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたこと、教会関連内の施設での性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るという報告書が発表された。

独立調査委員会(CIASE)のジャン=マルク・ソーヴェ委員長(元裁判官)は報告書の中で、教会の「告白の守秘義務」の緩和を要求している。なぜなら、守秘義務が真相究明の障害だからだ。教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を「告白の守秘義務」という名目のもとで隠蔽してきた実態が明らかになってきたからだ。未成年者に対して性的虐待を犯した聖職者が上司の司教に罪の告白をした場合、告白を聞いた司教はその内容を第3者に絶対に口外してはならない。その結果、聖職者の性犯罪は隠蔽されることになる。「告解の守秘」はカトリック教会では13世紀から施行されてきた(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

「私たちの教会には何かが壊れている」。これは、イエズス会のアンスガー・ヴィーデンハウス氏が南ドイツ新聞とのインタビューで述べた言葉だ。聖職者の性犯罪、それを隠ぺいしてきた教会の指導者に対し、「このような教会に所属することは道徳的にも間違っているのではないか」といった罪悪感を抱く信者が増えてきているというのだ。

性犯罪は確かに、個々の聖職者が犯すが、それを教会上層部が組織的に隠ぺいし、拡散してきたとすれば、カトリック教会はやはり立派な組織犯罪団体と言わざるを得ないのだ。「告白の守秘義務」、そして「聖職者の独身制」といった教義、伝統が聖職者の性犯罪の温床となっているのだ。

過去、教会の刷新運動が行われ、特に聖職者の独身制の廃止が議論されてきたが、ローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁はそれを実施してこなかった。特に、独身制は教義(ドグマ)ではない。教会の慣習、伝統に過ぎない。聖職者が結婚し、家庭を築けば教会の財政的負担が増えるため、それを防ぐために聖職者の独身制が実施されてきた経緯がある。「イエスがそうであったように」といった曖昧な説明は説得力に欠けている。なお、フランシスコ教皇は教会の刷新、聖職者の性犯罪対策に乗り出してきているが、教会内の保守派聖職者の反対もあって実施できないでいるのが現状だ。

2000年の歴史を誇るキリスト教会の歴史では多くの聖人、義人が生まれてきた。カトリック教会の慈善活動は多くの人々を救ってきたことは事実だが、聖職者の性犯罪問題では「カトリック教会は組織的に深く関わってきた」ことは間違いないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年8月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。