「まさか」が容易に起きる時代
「安倍元首相が撃たれ出血、心肺停止」の速報がスマホに流れてきて、テレビをつけてみると現場中継をしていました。「日本ではまさかそんなことは起きまい」は通用しなくなりました。
犯行の動機の解明はこれからで、すでに無数の論点、視点、解説が流されています。その多くはそれぞれポイントを突いているのでしょう。
安倍氏は強気、強引、強行突破、挑発型の政治家で、それが持ち味にもなる反面、いろいろな意味で標的にされやすい。だからといって犯行が許されるわけで全くない。「民主主義の破壊を許さぬ」(朝日新聞)、「卑劣な凶行に怒りを禁じえない」(読新聞)は本質を突いた社説です。
早く知りたいのは、犯行の動機です。「特定の宗教団体を恨む気持ちがあった。とのトップを狙おうとしたが難しく、安倍氏がその団体とつながりがあると思い込んで狙った」(朝日)、「母親が特定の宗教団体に多額のカネをつぎ込み困り果てた」(NHK)あたりが糸口になるのでしょうか。
政治テロというと、かっては青年将校、右翼団体・組織など、思想的、組織的な背景がありました。今回の犯行は個人的、家庭的な恨み、不満が背景にあるように思え、動機がはっきりしない「粗雑な犯行」に及んだといえるかもしれません。
「粗雑」という意味では、警備体制の不備、油断もそうでしょう。専属のSP、地元の奈良県警から数十人の警官が動員されていたそうです。犯人がうろついていた安倍氏の背後にスキがあったのに、警戒が不十分でした。専門家は、「後方が開いていて、危険な場所を演説に選んでしまった」と。
これらが第一段階の「粗雑さの連鎖」とすれば、第二段階の「粗雑さの連鎖」は各国首脳からの弔意の表明にも見られます。こうした事件に対する弔意は外交辞令にしても、その国はどうなっているのかと、考え込んでしまいます。
安倍氏は7年半に及ぶ長期政権で、活発な外交、安全保障強化を特色としました。中でもトランプ前米大統領、プーチン露大統領とは、個人的にも親密な関係を築きました。
トランプ氏は「私の真の友人で、米国の真の友人だ」と温かい言葉です。プーチン氏は「この素晴らしい人物の記憶は、彼を知る人の心に永遠に残る」と、最大級の弔電を遺族に送ってきました。
最大の民主主義国家の米国では、トランプ氏の支持者が民主主義の象徴である連邦議会に侵入しようとした暴動事件が昨年1月に起きました。トランプ氏が扇動した可能性が問われ、議会で調査が行われています。
一般社会では、銃によるテロ事件が多発し、多くの市民が殺害されています。バイデン大統領は「暴力的な攻撃は決して受け入れられない。米国はこの悲しみの瞬間に日本とともにある」と追悼しました。本心では、日本におけるテロ事件どころではないという気持ちでしょう。
日本の政治家、メディアは「民主主義に対するテロは許さない」では、一致しています。プーチン氏はどうなのでしょうか。ロシアは民主主義国家のウクライナを侵略し、大量破壊、殺害を繰り返しています。
楽観論を刷り込む少数の側近の主張に動かされ、ウクライナは短期間で制圧できると、まともに信じ込んでいたという説が強まっています。プーチン氏の戦略は「粗雑」すぎ、無謀な侵略に走ったのでしょう。
中国外務省は「中日関係の改善と発展に貢献された」とのコメントを発表しました。その中国は、ウイグル自治区での住民弾圧が国際問題に発展しています。習近平政権による香港における民主主義の排除もひどい。外交辞令の一篇の弔意、弔電にすぎなくても、その背後を探りたくなります。
それは世界に広がる「人権・人命の無視、軍事力による領土拡張、手段を選ばない弾圧の連鎖」です。ネット社会では、これらがリアルタイムでネット社会では流される。人権弾圧、民主主義の無視、暴力、殺人が当たり前のことのように人々の心に焼き付けられる。
世界的に「粗暴の連鎖」が起きているように思います。安倍事件の容疑者にもそれは伝播していたのではないでしょうか。だからテロと最も縁遠い国と思ってきた日本でも「まさか、まさか」が現実の事件になるのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。