朝日新聞キャンセルカルチャー特集
令和4年7月1日から2日にかけて、朝日新聞が「キャンセルカルチャー特集」を組んでいました。
実は、この特集は辻田真佐憲、南川文里、住吉雅美ら3名の主張で構成されています。
7月2日の朝刊の紙面において、3名の主張を見ることができます。
しかし、この中で先行して7月1日にネット上で配信された南川氏の論がネットでは批判の対象になりました。上掲リンクのように、辻田・住吉氏らの主張のみが掲載された記事はなく、朝日新聞が重視しているのは南川氏の主張だということが滲み出ています。
私は紙面を読んできたので、先に有用な主張を紹介します。
住吉雅美教授「臭いものに蓋を的なメディアの姿勢がキャンセルカルチャーを加速」と情報の時効
法哲学の住吉雅美教授は、「臭いものに蓋を的なマスメディアの姿勢がキャンセルカルチャーを加速」と指摘し、キャンセルカルチャーの風潮に危機感を持った上で、それに対する対応をどうするかを語っていました。
その中で、イギリスにおける「情報の時効」という概念を紹介。
一部の犯歴については期限が過ぎれば就職などの時に申告しなくて良く、逆に誰かが勝手に暴露すると犯罪になるという、犯罪者の社会復帰を促す仕組みがあると言っていました。
調べると、イングランドとウェールズにおける犯罪者更生法では、各判決類型(犯罪類型ではない)のリハビリ期間を徒過した場合には、就労時に犯歴を申告する必要が無い(問われた際に合法的に嘘をつくことができる)とする制度がみつかります。
ただ、子供に関する職や、司法機関への就職については例外が書かれています。
リハビリテーション期間を徒過した犯歴の暴露と名誉毀損については「犯罪者更生法第8条では、暴露内容が対象者への悪意に基づいていたことを証明できれば、その内容が真実であるか否かにかかわらず、公表者は名誉毀損の損害賠償の対象となる可能性がある」とされているようです。
参考:Rehabilitation of Offenders Act 1974 – Wikipedia
南川文里「声を上げるのを黙らせる風潮、自由な言論を脅かす」
南川文里氏の主張を紹介するWEB記事では「著名人などの過去の差別的な言動が糾弾される風潮を「キャンセルカルチャー」と呼ぶことがあります」などと、最初からバイアス全開で語られています。「声を上げるのを黙らせる風潮、自由な言論を脅かす」とも語っています。
紙面でも南川氏はキャンセルカルチャーについて「積極的に使うのは避けるべき」とし、その理由として「不平等に対して異議申し立てをする声を行きすぎだとして黙らせようとする風潮につながると考えている」と述べています。
その上で、何が「行き過ぎ」かはマジョリティが恣意的に決めてきたこと、異議申し立てこそが社会を前進させてきた、などと言及しています。
しかし、「異議申し立てへの異議申し立て」も当然にしてあり得るわけで、なぜ反論を許さないべきなのか、南川氏は合理的な根拠を語っているとは到底言い難い。
朝日新聞も南川氏も、「キャンセルカルチャーと呼ばれるモノ」の前提として「差別的言動を批判するもの」「不平等の是正をする声」「マイノリティが訴えるもの」という要素を込めており、その主張が絶対的に正しいという価値判断が先行しているのがわかります。
この時点で「概念操作」をしているのが明らかでしょう。
「キャンセルカルチャー」は個別事案の分析には使えない
もっとも、南川氏は『「キャンセルカルチャーはよくない」という言葉で一くくりにすると、論点がぼやけ、「行きすぎ」という印象だけを強める結果になる。』と述べており、この点は私も同意します。
キャンセルカルチャーとは:定義・意味・実態例と日本における用語法 – 事実を整える
キャンセルカルチャーという用語は、その意味内容がインフレしているので、既に個別事案を分析するための概念としては使えません。
そのような用語法は、より適切な評価に辿り着くことを阻害し思考停止の「キャンセルカルチャーダー」というレッテル張りに終始しがちになるという懸念があります。
この言葉は「表現の自由」という便利ワードを安易に使ってどんな事象にもいっちょ噛みできてしまうワードとして「市場」があることから、そこに群がるライターが多いです。
巨視的な流れとしての「キャンセルカルチャー」と概念の恣意的操作
ただし、巨視的な流れとしてのキャンセルカルチャーは確実に存在しているので、多数事案の総体としての「文化」を表現するには有用なワードだと思います。
また、「キャンセルカルチャーという言葉を否定したい人たち」がどのような言動をしてきたのか、という点も重要です。
たとえば、呉座勇一氏排除の動きに対してキャンセルカルチャーの一環という指摘に対してどう反応しているのか。ここでも「キャンセルカルチャー概念の恣意的な操作」が行われていることを見ることができます。
キャンセルカルチャー概念の恣意的操作と、用語の無節操な適用のはざま
キャンセルカルチャーについては以下が指摘できると思います。
- 「キャンセル」と呼ばれる動きが絶対的に正しいという前提で、その用語の使用を控えさせようとしている立場の者がおり、キャンセルカルチャー概念の恣意的操作が行われている
- キャンセルカルチャーという用語を肯定する者からは、なんでもかんでも「これはキャンセルカルチャーだ」という適用が横行し、個別事案の分析に際してノイズになっている
キャンセルカルチャーに関する総合的な論評は情況 2022年 04月号 雑誌に詳しいが、概念の恣意的操作と、用語の無節操な適用のはざまで、その取扱いには注意すべきだろうと思います。
編集部より:この記事は、Nathan氏のブログ「事実を整える」 2022年7月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。