移民を大量に受け入れるという意味を日本人は何も知らない

谷本 真由美

日本では長年難民の受け入れ数が少ないということが批判されている。

確かに先進国としては受け入れ数は少なく、カナダやイギリスアメリカドイツフランスといった国に比べるとはるかに少ない。

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私も以前は日本はもっと多くの難民を受け入れるべきではないかと考えていたのだが、自分が外国人としてアメリカ、イタリア、イギリスに住み、さらに仕事をして子育てや介護を経験してみると、日本のような国が闇雲に難民を受け入れるのは、日本人にとってあまり良い結果とならないのではないかと考えるようになった。

日本にやってきた人々の生活の質はどうなのか、彼らの中長期での「人生の質」を考えた場合どうなんだろうかということである。

日本の方にも考えていただきたいのは現在話題になっているウクライナ難民の日本への受け入れである。皆さんがニュースなどを見てわかるように、ウクライナの方々が日本に来て最も苦労することの一つがまずは言葉なのである。

日本語を勉強すれば良いというが、日本語は欧州の言語とはかけ離れた言葉であり、初級であってもその習得は非常に難しい。これは私が自分の子供や夫に対して日本語を教えているからこそ感じていることである。

言語体系的に日本語というのはトルコ語やチベット語、韓国語、ウズベク語には近いが、欧州の言語とはかけ離れている。日本語はある意味特殊な言語という風に言ってもいいのだが、そういった言語を趣味で学ぶのと、生活のために学ぶのは全く意味が違う。

日本に来ると券売機のボタンから家電のボタン、商品のパッケージや洗剤の洗濯表示、契約書、学校の手紙、病院の案内、看板、薬の説明書、そういったものが当然だが全て日本語だ。所々アルファベットもあるがそれはローマ字だったりして英語ではないし、欧州系の言語でもない。スマホの翻訳機をかざしても全てを翻訳することは不可能だ。

海外に住んだことがない日本人には、これがどれだけのストレスか理解できないだろう。

英語がアメリカの大学院卒業レベルでわかる筆者であっても、イタリアに住んでいた時に洗剤の表示やボタンの表示が全てイタリア語で大変なストレスを感じ、生活もかなり大変だった。ローマ字で読める欧州言語でもこれだけのストレスを感じるのであるから、日本語が全く分からない人々が漢字やカタカナと格闘する苦労は想像するまでもないだろう。

そして仕事をしようとするともっと難解な言葉を理解しなければならない。同僚との雑談も日本語だ。

2021年12月に出版した「世界のニュースを日本人は何も知らない3 – 大変革期にやりたい放題の海外事情」という本にも書いたが、日本は先進国の中で最も外国人の割合が低いので、都内で働いても英語ですら話せる人はほとんどいない。

英語が流暢な人もいるがそれはごく一部の外資系にいるだけだ。大手の日本企業では幹部クラスだって英語がほとんどできないに近い。

しかし難民の人々はいきなり外資系で働くわけではなく、最初は住んでいるところの近くの商店や工場などで働くことが少なくない。

難民は若い人ばかりではなく年を取った人や病気を抱えている人だっているのだ。その状況で難解な日本語と格闘しながら生活しなければならないのは大変な苦労である。

そして日本は外国人の数というのが人口の2%にも満たないので、元々住んでいる外国人のコミュニティも小さい。難民を受け入れてこなかったので、難民を出している国のコミュニティはほとんどないに等しい場合もある。そのような国とは歴史的な繋がりも薄いので、その国出身者のコミュニティもほとんどない。同じ言葉が通じる国の人たちがいないので相互援助も期待できない

ところが北米や欧州の場合は、言葉が英語だったり欧州系の言語だからとりあえず アルファベットが読めればなんとかなる。フランス語やイタリア語やドイツ語は英語と違うが、似通っている部分もあるため会話がわからなくても、なんとか読めたりする。言語の習得も日本語に比べればはるかに楽だ。

その上元々外国人が多いので、言語を短期間で外国人に教え込むノウハウがある。イギリスは植民地があったので、このノウハウが特に優れている。意思疎通ができなければプランテーションや鉱山の生産性がさがり、反乱が発生し、植民地経営ができないからだ。言語教育は単なる「国際交流」のためにやっていたのではなく、あくまで経営の手段であったのだ。

さらに元々多様な人が住んでいるために社会の仕組みが極力単純化されており、例えば看板は絵を見れば分かるようになっていたり、バスが番号だけになっていたり色分けされていたりする。

役所の文書も小学5年生程度が理解できる内容で書かれており、そのようなノウハウが蓄積されている。アメリカの場合はそのような書式や手法が法律で定められているのだ。

イギリスはアメリカほど厳密ではないが、やはりノウハウがあり様々な政府文書に反映されている。

そのような仕組みはここ最近できたものではなく、アメリカは開拓時代、イギリスの場合は植民地時代からの積み上げがあるからだ。

これも文化背景や教育背景が様々な人間がいる社会を円滑に動かす知恵で、要するに開拓地や植民地を経営していくためのノウハウを応用したものだ。

1からこういった仕組みを整えるのは大変な労力が必要だし資金も必要だ。しかも日本には歴史的な蓄積がない。少子高齢化で経済も弱くなっている日本が同じような仕組みを整備することはかなり難しい。

また利用者が多いのなら費用対効果のリターンが期待できるが、現状外国人が少なく、おそらく将来も受け入れ数は限られると思われる日本で、投資に対するリターンがどの程度見込めるかは不透明だ。

このような仕組みがない日本に難民の人を大量に受け入れても、望むべき結果が得られないのではないかと思うのである。