誤解を招く「政教分離」

安倍元首相を襲撃した犯人が宗教団体(旧統一教会)との関係を供述したことで、いわゆる「政教分離」についてSNSなどで言及する人が増えているようだ。以下はYahoo!ニュースのコメント欄からの引用である。

この事件を機会に、政治と宗教の分離と、宗教法人の実態の解明と規制を本格的に行ってほしい。(略)政治と宗教の分離は、いまの与党じゃできないと思うが……

よく政教分離の原則からみて宗教団体が政党に献金したり繋がりがある事に異を唱える人がいますが、それは一般的な感覚では正しいものの、裁判の判決では認められてしまっているのが現状です。(略)献金を受け取ってる政党が多いため、選挙で政教分離を訴える方法がないのも残念。

いずれの投稿も、いわゆる「政教分離」を問題にしている。前者は「いまの与党」である公明党を念頭においているものと思われる。後者は宗教団体による政党支援を「政教分離が守られていない」と考え、それが一般的な感覚だとしているようである。

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我が国は米・仏などと並んで「厳格な政教分離国家」に分類されることがある。そして「政教分離」を「政治と宗教との(完全な)分離」だと考えている人が多いように思われる。しかし、その理解は必ずしも正しくない。

マレーシアの閣僚が盆踊り大会に参加しないよう呼びかけ、論争になっている(拙稿「日本が平和なのは無宗教だから?」参照)。イスラム教を国教とするマレーシアでは、仏教に起源を持つとされる盆踊りに参加することが問題となり得るのである。

もし、政治と宗教とを「完全に」分離しようとするなら、同じような現象が逆のベクトルで発生することになる。

毎年仏教形式で行われている東京大空襲追悼大法要もできず、東京都慰霊堂が都の公園内に存在することも政教分離違反になる。京都市長が重要な役割で参加している祇園祭も問題になる。祭りのために公園や道路の使用を許可することもできない。文化財として重要な神社仏閣を保護するのも違反である。文化財としての保護は可能だとする意見には、文化財であっても宗教施設であると反論できる。政治家が知人の葬式に参列することも問題になりかねない。

「完全な」分離は以上のような非常識な結果に至る。そもそも政教分離とは”Separation of Church and State”の訳であり、「政治/国家と宗教との分離」ではなく「国家と教会(特定の宗教団体)との分離」と理解するべきで、国家が特定の宗教・宗派と結びつくことが問題とされるのである。

我が国と同じ「厳格な」政教分離国家とされるアメリカの連邦議会には専属牧師がおり、通貨には「神を信じる」と標記されている。しかし国教の樹立は憲法で禁止され、信教の自由も確保されている。フランスは、その歴史的経緯からほとんどの教会堂(礼拝所)が公有であり、維持費の公費負担も可能であるほか、伝統的な宗教は税制面でも優遇されているなどの事実から、近年では「緩やかな」政教分離国家に分類されることが多い。

このように「完全な」政教分離国家はほぼ存在しないと言ってよい。一方、国教が定められていながら信教の自由が確保されているイギリスも、広義の政教分離国家と考えることができる。実は先述のマレーシアも広義の政教分離国家なのだが、宗教的な締め付けが強まっていることから論争になったのである。

先ほど引用したコメントが憂慮しているのは、宗教団体がどの程度政治に関与できるのかということだろう。まず前提として、宗教団体も社会的存在であること、個々の構成員が主権者であること、表現の自由が保障されていることを確認しておこう。政府見解は憲法20条を①「宗教団体が政治活動をすることまで禁止したものではない」が②「統治権を行使することは禁止している」とする。

百地章教授は①と②との間に考えられる状況をa.「宗教団体の構成員の個々人が自発的に選挙運動をする=当然許される」、b.「宗教団体が組織的に選挙活動をする、特定の候補者を支援する=ある程度は許されるが限界あり」、c.「宗教団体が自身と一体となった政党を結成する=非常に疑問」、d.「宗教団体が議会で多数派を占める=政教分離違反の疑い」と分析・類型化のうえ、「政治参加は許されるが政治支配は許されない」「政党の支持は許されるが、政党を支配するのは許されない」との指標を挙げておられる。きわめて示唆に富む内容である。

憲法による信教の自由保障は、取りも直さず憲法が宗教の意義を認めていることを表している。そして政教分離の趣旨は「国家や政治と宗教との関わりを一切認めない」ことではなく、国民の信教の自由を保障することにある。逆に言えば、その趣旨に反しない限り国家と宗教(正確には宗教団体)とが一定の関係を持つことも許される。

「一定の関係」をどのように解するかは難しいところではあるが、先述の「参加/支配」「支持/支配」の指標をもとにしながら様々な状況を想定することで、政教分離違反に当たるか否かを概ね適切に判断することができるだろう。