世界が注目する孤高の大規模緩和
欧米を始め、世界の63か国が今年前半、インフレ抑止のために、金利を引き上げている中で、日本は大規模緩和政策の維持、金利の据え置きを決めました。円安も1ドル=140円突破に向かい、消費者物価は上昇しています。
孤高の異次元緩和政策を続けていくと、日本経済はどういうことになるのか。「やってみなければ分からない実験みたいなことに挑戦しているのだから」が日銀の本音でしょう。各国は異形の金融政策の結果を興味津々と見守っているに違いない。日本に「実験」をさせている。
21日の金融政策決定会合の結論をみると、アベノミクスの操縦者である黒田総裁の発言は「日本は異形の金融政策の実験台になる」と宣言したに等しいと思います。主要国の中央銀行は慎重に熟慮を重ね、リスクを避ける。黒田総裁は熟慮の結果、リスクの多い道を選んでいるということです。
日経新聞の経済教室で、青山学院大の准教授が「金融政策の効果を測る」という連載を書いています。「実験できない難しさ。金融政策では実験の手法は使えません」と主張しました。どうなのでしょうか。各国と正反対の手法をとる日本の金融政策はまさに実験といっていい。
他国の金融引き締め策が失敗するのか成功するのか、日本の異次元緩和策が失敗するのか成功するのか。これほど歴然とした違いを見せつけられると、黒田総裁は果敢に「実験」に挑んでいるとしかいいようがない。無謀な「冒険」だったといわれる日が来るかもしれない。
民間企業なら「実験」の失敗は倒産です。日銀の「失敗」は、さらなる円安へと進み、国債暴落、金利引き上げに追い込まれかねない。日銀は倒産するわけにはいかない。日銀と一体で、世界最大の財政膨張を続けてきた政府も倒産するわけにはいかない。
「実験」の失敗のつけは、国民、企業に来る。そして政権は破綻する。このような大規模な「実験」の失敗は悲惨な結果を招きかねない。欧米主要国は日本のような超長期、超大規模な金融緩和は避けてきました。そして引き締めによるインフレ抑制策に転換しています。
黒田総裁は緩和維持の理由として、「欧米の物価は8-9%、日本は2%台(6月は2.4%)にとどまっている」と指摘しました。総合物価指数ではそうでも、「食品などのモノは前年同月比で4.9%、食品は6.5%。円安、国際市況の上昇による」(日経)です。これは国民生活にとって痛い。
日銀は目先の細々とした動向ばかり注視せず、視野をもっと広げる必要があります。異次元緩和と一体になった巨額の財政赤字を気にすることはないと、安倍元首相は言い続けてきました。そうなのでしょうか。
「財政赤字の持続可能性」も、日本の「実験」です。巨大な赤字を抱いたままの財政はいつまで持続できるのか。結果が出た段階で検証が行われる。経済が長期的な停滞期に入っている状態で、欧米発のMMT(現代貨幣理論)に依拠した結果でもある財政赤字をどう処理するのか。
財政赤字は財政論というより、経済政治学の次元の物語です。政治的圧力が財政節度を押し切る。経済の長期的な停滞が正しいのに、「経済成長すれば、再建できる」と信じ込んできた積極財政派は、主要国では日本にしか見当たらない。これも「実験」として検証に値する。
数ある経済記事の中で注目したいのが米スタンフォード大のコクラン教授の指摘です。「楽観できぬインフレ対策」(日経7月14日)の寄稿で「インフレが過剰な財政政策に起因しているのは明らかだ」と。
「政府の支出は安定した税収か、将来確実に得られる税収から捻出する必要がある。需要が供給というレンガの壁にぶつかっているのに、各国はできる限りのものを生産している。政府借入(国債)の増加、紙幣の印刷でそれを支えている」と。
教授は「長期的な成長率はかつてに比べて半減し、米国は2000年以降、1.8%に低下している。そんな状況下で、無理に景気を刺激しても、供給の壁があるため、インフレの高進につながるだけだ」と。
経済成長率の長期的な低下を無視して、金融財政政策で成長率を引き上げようとすると、インフレを招く。今のインフレの真因は、コロナやロシアによるウクライナ侵略ではなく、この点にある。アベノミクスやMMT理論とは真逆です。
日本では、国債の半分以上を日銀が保有し、マネー市場は市場機能を失っています。政権、政府に国債を好きなだけ発行させるためです。「市場機能を失った国で経済が活性化するか」も、日本の「大実験」でしょう。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。