平和ボケ日本:安倍元総理を守ることはそもそも無理だった --- 森友 由

安倍元総理が凶弾に斃れてから、ニュースやSNSでは度々警護の問題が取り沙汰されている。

「背後をもっと警戒すべきだったのではないか」

「SPが複数いれば守れたんじゃないか」

「SPや警察が2秒の間に安倍さんを押し倒していれば助かったんじゃないのか」

NHKより

三日間にわたって安倍元総理の葬儀などに参列させていただいた身として言うと、安倍さんを守ることは無理だったと言わざるを得ない。三日間の体験については以前の寄稿文を参照頂きたい。

安倍晋三を身近で感じた最期の三日間 --- 森友 由
二人の心友を通じて過ごした安倍さんとの最期の三日間 7月13日、安倍さんを囲む少人数ランチミーティングが予定されていた。私は、その席で安倍さんご本人と話すことを心待ちにしていた。しかし、まさかご本人との初の対面が御霊前になろうとは。 ...

安倍元総理の御通夜と告別式は7月11日と12日にそれぞれ東京の増上寺で執り行われた。大勢の人が増上寺周辺の沿道に押し寄せ、安倍元総理との最後の別れを惜しんだ。境内には関係者など、限られた人しか居なかった・・筈である。

ここであえてそういう言い方をするのは、実際には誰でも境内に入ることができたのではないかと感じたからである。現に受付では身分証の提示は求められず、記帳だけで済んでしまった。名簿と照らし合わせる様な素振りもない。

しかし、世界を震撼させた凶悪事件の直後ということもあり、SPや警察官の数は夥しかった。「SP」のバッジを付けている人たちだけでも、ざっと100人くらいは境内にいただろうか。これだけSPがいれば安心に思えるかもしれないが、ハッキリ言って実態はそんなことはない。

安倍元総理の棺が霊柩車に乗せられるところを見届けるために、安倍元総理の心友だった方と葬儀式場に隣接する待合スペースで待機していた。待合スペースの広さは30畳くらいだっただろうか。決して参列者の数からすると大きなスペースではなかったので、密な状態である。

そこには、認識できただけでも岸田総理、麻生元総理、菅元総理、複数の閣僚や国会議員、地方議員、そして多くの関係者がいた。つまり、この密な空間に日本の舵取りをしている方々が集結していたのだ。そして、その場に居る方々の多くは、手に鞄を持っている。私自身もそうであった。しかし私が手にしているこの鞄、実は荷物検査も受けていなければ、金属探知機も通されていない。

この状況の深刻さがご理解いただけるだろうか。日本の舵取りを担う人たちが、密な空間に一堂に会しているにも関わらず、そこに集う人たちは身分証明もしていなければ、手荷物検査も受けていない。もし、私の鞄の中に手榴弾でも入っていたとしたら。。ぜひ考えてみて欲しい。その現場がどうなるかということではない。その後の日本がどうなるか、である。

冒頭の安倍元総理の死は「SPが複数いれば守れたんじゃないか」とのご意見は、ある意味で正解であるし、不正解でもある。あの場に複数のSPが居たら、安倍さんが奈良で暗殺されることはなかったかもしれない。しかし、SPが100人いたとしても、現職の総理大臣以下、日本の舵取りをする人たちを守れないこともまた事実である。事件が起きたその時点を見ただけでは、本質が見えない。

本質は、平和ボケした日本である。平和であることを当たり前に享受し、危機意識が欠如している日本である。平和を守るためには、強い意志と覚悟が必要だ。安倍元総理の死は、我々にそのことを教えてくれたのではないだろうか。

森友 由
1983年生まれ。青山学院大学卒(国際政治経済学部)、在学中に米国ワシントン大学に交換留学。1854年創業の老舗卸売業、森友通商株式会社(東京・中央区)の七代目・代表取締役社長。昨今は日本除菌連合の副会長として、国会議員約50名による超党派議員連盟「感染対策を資材と方法から考える会(代表・片山さつき)」と連携し、科学に基づいた感染症対策を推進する活動を行っている。