専門知識なき防衛議論の限界

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防衛費「5年で倍増」の“損得勘定” 増税か国債か、社会保障か

岸田政権は「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」方針。5兆円の増額を有効活用するカギを握るのは国内防衛産業だ。みずほ証券の小林俊介チーフエコノミストに聞いた。

防衛費の増額が既定路線となってきました。岸田文雄首相が「防衛費の相当な増額を確保する」と発言。自民党は先の参院選で「NATO(北大西洋条約機構)諸国の国防予算の対GDP(国内総生産)比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指」すと公約しました。

防衛費の増額は単発の支出ではなく、今後長きにわたって継続するものです。日本の財政の現状を鑑みて、長期にわたって国債を発行し続けることが可能なのか。この点を議論しなければなりません。

財政拡張派の人々は、1000兆円の国債を現にファイナンスできていることを根拠に、さらなる拡張を容認します。「ファイナンスできている」との現実は事実として受け止めるべきです。と同時に、なぜファイナンスできているのかを考える必要があります。

理由の第1は、日本に多額の貯蓄があることです。対政府という視点で見ると、民の側に貯蓄があります。日本全体で見れば、400兆円に上る対外純資産が存在します。これが第2の理由。そして第3の理由は、国債の保有においてホームバイアスが利いていることです。日本企業や日本の富裕層が国債の多くを保有しており、外国資本に頼る必要が今のところありません。

この3つの条件に永続性はあるでしょうか。民間貯蓄は今後、少なくともその増加ペースが鈍っていくと予想されます。対外純資産も同様です。既に貿易収支の赤字が恒常化していますから。

対外投資は国内に還流されません。そして日本が傾けば、大企業は本社をまるごと海外に移転するなどし、「外国の企業」となって。資産をそのまま海外に置けば日本国の信用は下がります。

そして個人資産も既に外貨預金が進んでいます。庶民がみなドルで資産を持つようになるのはそう遠くないでしょう。

永続性を心配しなければならないのは、少子高齢化が進行しているからです。労働人口も減少。食べる口の数に対して、働き手の数が減っていきます。今は外国でのビジネスで稼げていますが、少子高齢化が進行するにつれ、出ていくお金の方が大きくなります。将来、経常収支が赤字となれば、対外純資産を切り崩して賄う状況に陥る。国際収支の発展段階説における最終段階、「債券取り崩し国」になっていくわけです。

少子高齢化が進めば労働人口もGDPは下がっていきます。それで90年代までの人口が多かった時代に溜め込んだ国の赤字を返していかないといけません。

それでも既に無理ゲーですが、更に何も経済的利益を産まない防衛費を毎年5兆円以上も増やすのは自殺行為です。

今野放図にばらまきを続けられるのは、実質ゼロ金利だからです。ところが金利が上がれば、国家予算の国債費を増やす必要があります。1%上がれば10兆円が必要とされます。だから日銀は金利を上げられない。

ぼくは傷みを伴っても利上げをすべきだと考えています。そもそもじゃぶじゃぶお札を刷っても、需要が無いのでブタ積みです。増えたのは国の借金と日銀保有の国債だけです。実体経済は良くなっていない。

先にご案内のように、そもそも対外投資は民間企業が海外で回しており、筆者がいうような債権取り崩しは無理でしょう。国が投資しているわけではない。だから南アフリカみたいに通過が弱い国は企業が持っている外貨預金を、自国通貨に替えるように圧力を書けたりしています。

他方、消費税は税率を2%上げると、およそGDP比1%の税収増となります。このケースは日本のGDPを0.72%減少させるとみられます。

これらは過去の経済構造に基づいた試算値にすぎませんし、短期的な影響を計測するものでしかありません。モデルで試算された打撃が相対的に小さい税を選択すべきだ、と短絡的な結論を描くのではなく、先ほど話したような資源配分のゆがみが日本経済に及ぼす長期的な影響も踏まえた上で慎重に議論を進める必要があります。

いずれにして国債=借金で軍拡するのは100メートル競争であり、国防の実態はマラソンです。体力を短期に使い潰せば、将来の国防は危うくなります。であれば、どうしても軍拡するならば増税しかありません。

考えられるとすれば、24兆円に達する国債費を適正化することです。国債費のうち利払い費は、利払いにかかる想定金利を1%強に設定しています。低金利が定着している今日、この想定は適切ではありません。政府は、想定金利と現実の金利との差から生じる余剰分を、毎年恒常化している補正予算の財源に当て込んでいる観があります。実際の利率は0.8%以下まで低下していますから、想定金利との差分で3兆円程度の乖離(かいり)が発生します。

よって、この想定金利を現実の値に修正し、利払い費を適正化すれば、従来、余剰分としていた分を防衛費に充てることも可能となります。この場合、補正予算によって実現してきた裁量的な政策と防衛費とのバーターが適切かどうかを考えることになります。

これは難しいでしょう。GDPの2.6倍の借金を今後少子高齢化の環境において返済していくのであれば、早期に返していくことが必要です。返済が遅れるだけ財政破綻に近づきます。そしてご案内のように、金利上昇が予定されます。国債費は増えることがあっても減りません。

現在の低金利、国債の発行を続ければ、円の信用は落ちて、さらなる円安となるでしょう。そうすれば貿易赤字が状態化します。貿易が収支はいくら黒字でも国内に還流していません。そうなれば食料、エネルギー、雑貨、消費財などが高騰して国民の生活は苦しくなる。国家が事実上破産したスリランカのような状態になるでしょう。

自民党の宮沢洋一税制調査会長が最近、「防衛費がそこまで(編集部注:GDP比2%)必要であれば、社会保障水準切り下げの議論を当然しなければならない」という趣旨の発言をしました。同氏は財政再建派として知られています。

36兆円超の社会保障費から5兆円を防衛費に回す措置は何を意味するでしょうか。この措置は、大きく捉えると、高齢者から防衛省・自衛隊関係者への所得の移転、すなわち世代間での所得移転と考えることができます。政府が、高齢者を納得させることができるかどうかが課題です。安全保障も広い意味で捉えれば社会保障の一部、という考え方が浸透するか否かが焦点となりそうです。

社会保障費の削減は待ったなしです。欧州では口から食事が取れなくなった老人は寿命ということで治療をやめますが、日本では無駄な延命が当然とされています。こういうことをやめないといけない。それに薬局が儲けすぎです。大きな病院の近くには10軒以上の薬局の仲見世通りが存在しますが、極めて不健全です。

社会保障費を減らしても、健康的に生きるための老人医療は減らせません。例えば白内障や歯科治療です。基本的な機能の維持が可能であれば老齢者でも働けます。いまの70代はそうやって働けますが、これが寝たきりになれば介護が必要となってより国費を使うことになるし、税収も減ります。

そう考えれば、社会保障費を減らして、防衛に回す余力などないでしょう。

政府が、支出をGDP比1%増やすと、GDPが1.1%増えるといわれています。けれども、例えば社会保障費や公共事業費と防衛費を比べると、防衛費の方がポジティブな効果が小さいと考えられます。外国製装備の購入に充てられる分の富が外国に流出することになるからです。

まず隊員数は増やしてたくても増えません。机上の空論です。筆者はリクルートの現場の状況をしらない。仮にやしたとしても、少子高齢化で貴重な若年層を、生産性がまったくない国防に拘束するのはGDPを押し下げることにしかなりません。

新たに増える5兆円が従来と同じ割合で各項目に充てられると仮定すると、「人件費・糧食費」すなわち自衛隊員などの給与が2兆円分増えることになります。これは消費を刺激する効果を持ちます。「維持費」「基地対策経費」に充てる1兆6000億円も同様に、メンテナンスを担当する業者や、基地周辺にお金が回り、経済を刺激する効果が見込まれます。

これらもトンデモ論です。自衛官が消費する分だけ、経済刺激になるのであれば、仕事を何もしない外国難民を受け入れても同じ効果となります。

ご案内のように自衛隊は消費するだけの組織であり、何ら経済的なバリューを生み出しません。投資の乗数効果はゼロです。基地対策費なども同じです。効率化を考えるならば基地は統廃合して冗費を減らさないといけません。

外国製の装備については、円安の影響も考える必要があります。モノの貿易収支を見ると既に貿易赤字が定着しています。外国製装備の輸入が増えると、円の売越額が増え、円安を加速させます。防衛費がさらに高くつくことになるわけです。

円安が進めばそれは装備だけでなく、燃料、需品や糧食費なども含めて、外国に吸い上げられるだけです。防衛費を増やしても相当部分がそれで消えます。

外国製装備の購入に充てる金額が1兆円になるのか、3兆円になるのか、現時点では分かりません。いずれにしろ、これは富の流出であり、国内経済の刺激につながらないことに留意する必要があります。

それは一面正しいのですが、防衛調達を全く知らない人の言です。低性能、低品質、高コストの国内装備を増やすとは理になりません。例えば空自のC-2輸送機は調達、運用コストともに外国製の何倍もします。外国製を導入し余った予算分は、奨学金や貧困対策に使うほうが、クズのような国産兵器を買うより経済を刺激します。

適切さの度を高めるならば、国富の流出を防ぐことを考えるべきです。すなわち、日本国内で防衛に関する技術力を高め、内製化率を高める。具体的には、防衛産業や防衛技術を開発する機関に科研費(科学研究費補助金)を厚く分配する、もしくは、税制上の優遇策を講じる、ことが考えられます。

それは普通の国防省や軍隊の話です。当事者能力のない防衛省や防衛産業に幾ら予算を渡してまとも機能はしません。

米国やその同盟国に輸出できる装備や技術に、研究開発費、支援金を投入することを考えていく必要があります。日本が今からF-35相当の戦闘機やイージスのようなミサイル防衛・防空システムを開発しても仕方ありませんから。

可能性があるのはお説のように共同開発ですが、これまた当事者能力がないので、茨の道となります。

このような「経済の専門家」の論の問題は防衛省、自衛隊が他国の国防省、軍隊と同じだと思っていることです。防衛産業についても然りです。誤った前提からは誤った結論しか出てきません。

【本日の市ヶ谷の噂】
防衛医大の主任研究者、木下学准教授のナノ絆創膏、人工血小板、人工血液は自分で開発したかの如く宣伝し防衛省から研究費を取っているが、開発元は早稲田大学や奈良医大、との噂。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2022年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。