ナンシー・ペロシ下院議長が8月2日夜、米国議会代表団と共に台北の松山空港に降り立ち、副大統領に次ぐ大統領継承順位の要路にある大物として、25年ぶりに台湾の土を踏んだ。
この「25年ぶり」の枕詞で、97年に下院議長として初訪台したニュート・ギングリッチ(共和党。95年~98年下院議長)が取り沙汰される。彼の強固な反中や親トランプは有名だが、訪台の前に北京に3日間立ち寄ったそうだから、目下の米中新冷戦下とは状況が異なると考えるべきだろう。
反トランプの急先鋒であるペロシも、反中ではギングリッチに負けていない。というより、昨今の米国議会の反中は超党派と言うべきで、そのキーワードは「民主主義」だ。長引くコロナ禍で共産主義国の全体主義の方がその種の災いへ対応に有利だ、などとする北京の主張への反発がその根底にある。
米国立法府トップの台湾訪問は、「台湾旅行法」(18年3月16日トランプ大統領署名)とそれを強化する「台北法」(20年3月26日トランプ大統領署名の米国国内法に基づくものであり、北京が訪台を「内政干渉」と叫ぶこと自体が米国の内政に干渉する、北京お得意の二重基準に他ならない。
なお「台湾旅行法」と「台北法」の骨子は以下のようだ。
台湾旅行法
・米国政府のあらゆるレベルの高官が台湾に渡航し、台湾の高官と会談することを許可すること。
・台湾の高官が丁重な条件の下で米国に入国し、米国の高官と会談することを許可すること。
・台北駐日経済文化代表処および台湾が設立したその他の組織が米国でビジネスを行うことを奨励すること。
台北法
・台湾が、国家としての地位を必要とせず、かつ米国も参加しているすべての国際機関に加盟すること、およびその他の適切な国際機関において台湾がオブザーバーの地位を与えられることを、必要に応じて提唱すること。
・すべての組織における米国政府の代表に対し、米国の声、投票権、影響力を用いて、台湾の加盟またはオブザーバー資格を擁護するよう、必要に応じて指示すること。
・サミットや米中包括的経済対話など、米国と中華人民共和国の二国間関係において、必要に応じて台湾の加盟またはオブザーバー資格の取得を提唱すること。
トランプ政権下の20年8月には、折からの新型コロナ対策の一環で現職閣僚のアザー保健福祉長官が訪台した。が、筆者はこうした大物が訪台することと自体にも増して、彼らが「何を語るか」が重要であるように思う。その意味でペロシの8月3日の声明には、注目すべき言葉遣いがあった。
それは「Taiwan is a very special place: a key ally in peace and security」と言う一節で、「台湾は、平和と安全における重要な同盟国であり、非常に特別な場所だ」とでも訳せようか。「ally」には「同盟国」の外に「支持者」と言った意味もあるが、ここは「同盟国」と解釈すべきだ。
なぜなら、同じ3日に公表された「フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を上院が批准したことに関するペロシ声明」で、ペロシは「Finland and Sweden are outstanding democratic allies(「フィンランドとスウェーデンは、民主主義の優れた同盟国)」と述べているからだ。
現地でペロシが蔡英文総統に対して述べた、「米国は揺るぎない決意で台湾と世界の民主主義を守る」もインパクトがある。蔡総統は「自衛力を高め、台湾海峡の平和と安定に努力する」と固い決意を述べた。先ずは「独立自尊」の精神を発揮したと思われ、我が国のトップに比べ、何と頼もしいことか。
バイデンも5月23日の会見で記者から、ロシアによるウクライナ侵攻では軍事行動はしなかったのに、中国が台湾を侵攻した場合は軍事的に台湾を守るのかと問われ、「そうだ・・それが私たちの約束だ」と答えた。例によってホワイトハウスは、これまでの政策から離れた訳ではないと軌道修正したが、「綸言汗の如し」。
ペロシはバイデンより少し高齢だが、良く言えば「芯の強さ」、悪く言えば「執念深さ」ともいうべきものを長年持ち続けてブレない印象がある。が、それにはトランプに対するものの様に、私怨ではないかと思われる節もあり、筆者はそれについ眉を顰め、好きにはなれない。
米国要人の台湾での発言の白眉は、7月19日に元国防長官マーク・エスパーが蔡総統との会談で述べた「米国の『一つの中国』政策は『その有用性を失った』」だろう。彼は中国を「西側の民主主義諸国が直面する最大の課題」とし、個人的には「戦略的な曖昧さから脱却する時期が来た」と考えているとも言った。
この発言はそのメンバーが多数同行したシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の記事に詳しいが、この「曖昧戦略からの脱却」は、故安倍元総理がこの3月末に別のシンクタンク「ウィルソンセンター」のオンラインイベントで、台湾有事に際し「最初から米国の関与を明確にする時期が来た」と述べたことと全く符合する。
北京がどう言い募ろうと、米国などの西側諸国の言う「一つの中国」政策とは、北京が「中国は一つで、台湾はその一部であるとする中国の立場」を認識(acknowledge)したに過ぎない。また「92年合意」の「一つの中国(一中各表)」を、台湾の野党国民党は歴史的に「一つの中国とは台湾で、大陸がその一部」とする一方、与党民進党は「92年合意」そのものを認めていない。
こうして見ると、このところの米国が北京の「サラミスライス」政策のお株を奪うかのように、台湾に関する「曖昧戦略」と「一つの中国」の両戦略からの脱却の既成事実化を着実に進めているように筆者には見える。
それがこの超ベテラン政治家のレガシー作りであろうが、11月の中間選挙に向けた民主党の支持向上策であろうが構わない。ペロシが「key ally」と称したような「同盟国」、すなわち、台湾が米国などの民主主義国が同盟する「国家」としての国際法上の地位、を一刻も早く確保できるよう望む。
最後に7月28日のバイデンと習近平の電話会談だが、台湾に関してホワイトハウス高官は関するブリーフィングで次のように述べている。
両首脳は台湾について深く議論した。 両首脳はいつもそうであるように、相違点について話し合った。 そして2人は、台湾について直接的で正直な議論を行ったと言える。 バイデン大統領は、台湾関係法、3つの共同声明、および6つの保証を指針とする米国の「一つの中国」政策へのコミットメントを再確認した。
何とも面白みのない話で、こんな話題に2時間も要するとは思えない。筆者はバイデンが遭遇しているインフレという難題を解決すべく、制裁関税の引き下げについて議論したに違いないと踏んでいる。その応答については次のように公表されたが、真相は別にあると思う。
Q:この電話会談が終了したことで、バイデン大統領が関税についてどうするか決断する道が開けたのでしょうか?
A:関税の問題について、バイデン大統領は習近平国家主席に、米国の労働者と家族に損害を与える中国の不公平な経済慣行に対する主な懸念を説明しました。 が、大統領は習主席と選択肢(potential steps)については話しませんでした。 そして、この会話によって次の段階に関する決定が待っていると考えるのは間違っているでしょう。