安倍訪台は「一つの中国」という絵空事を葬る前奏曲だ

李登輝閣下の一周忌を控えた29日、台北中央社は次女の安妮さんが安倍前首相の訪台実現を「強く願っている」と報じた。筆者も「期待したい安倍・トランプ打ち揃っての訪台と訪朝」との拙稿を書いた手前、安倍訪台を強く望む一人だ。実現すれば10年10月以来のことになる。

安倍晋三前首相 NHKより

その拙稿で筆者は、共産党の一党独裁支配が変わらない限り、中国と北朝鮮による人権侵害と武力による他国への脅威はなくならないこと、国際社会による台湾の国家承認は中国民主化の契機となり得ること、北朝鮮民主化は金正恩の心変わりを促すしかないことを述べた。

キーワードは民主化だ。が、鳩山由紀夫元首相は30日、名誉顧問を務める「国際アジア共同体学会」のシンポジウムで、米国に対し「外交に民主主義を含めた価値観を持ち込み過ぎてはいけない。米国にとって価値観が十分でないと思うものを排除しやすくなる」と注文を付けた

尖閣についても彼は、「中国も日本も棚に上げ、接続水域も含め領海内に日本も中国も入らない」ことで偶発的な衝突の回避が必要だとし、「自由で開かれたインド太平洋」構想についても、「中国を囲い込む政策を強調すれば、中国は威圧的だと受け止める。中国の反発が強まるだけだ」と述べた。

民主主義に関してロバート・アンドルーズは民主党下院議員だった02年、「近代史において民主主義国が他の民主主義国を攻撃または侵略した例を挙げるのは非常に難しい」、それは民主主義国が「武力行使を最初の手段ではなく、最後の手段と考えているからだ」と述べた(「本当に『中国は一つ』なのか」草思社05年12月)。

独裁国家中国のサイト「六軍韜略」が7月、日本が台湾問題に首を突っ込んだら、核を持たない国は核攻撃しない「核の先制不使用」の例外にせよと投稿し、削除までの2日間で2百万回以上再生されたという。日頃の言論統制ぶりから、北京が暫く黙認したのだろう。

鳩山氏が何を根拠に斯く米国に注文を付けたのか知る由もないが、歴史を踏まえた元米下院議員の言が筆者の腑には落ちる。ロシアのクリミア侵攻(2014年)やイラクのクウェート侵攻(1990年)を顧みれば、両国とも共産主義国でないにしろ非民主的な独裁国に違いない。

クウェート侵攻について防衛研究所は、当時の駐イラク米大使が侵攻発生前に行った会談で、フセインがクウェートとの武力紛争の可能性を明言したにも拘らず、米国は「クウェートとの国境紛争のようなアラブ人同士の紛争には首を突っ込まない」と述べたことが引き金になったことを示唆している。

その意味で先般、カート・キャンベルNSC調整官が「台湾独立を支持しない」と述べ、ミリー統合参謀本部議長が議会で中国の台湾侵攻に悠長な証言をしたことを、筆者は朝鮮戦争の年に朝鮮と台湾を米の防衛線から外したアチソン演説と同様、北京に予断を与えかねない軽率な発言と思う。

前掲「本当に『中国は一つ』なのか」で米共和党スティーブ・シャボー下院議員は02年、この米国大使の発言がフセインをして「武力攻撃に踏み切っても米国は介入しない」と思い込ませる結果となったと述べている。シャボーは米下院外交委員会委員を務め、今も超党派の議会台湾コーカスの有力者だ。

そのシャボーはさらに、米国の「一つの中国」政策は米国の国益を損なうとして、02年7月に下院アジア太平洋小委員会の一員として彼が中国の軍事戦略家や軍事思想家を育成する国防大学防務学院を訪れた際、中国の陸軍将校との意見交換で聞いた、彼らの台湾に関する主張を述べている。

それによれば、彼らは49年の台湾の中国からの分離が米国の南北戦争と似ているという。内戦の結果なのだから、北京が台湾の主権を持つのは当然で、中国には台湾を支配下に置くために武力行使する権利があると断言したそうだ。そのうえ米国が「一つの中国」政策を掲げているから、彼らの主張に米国が同意していると思い込んでいるという。

この中国将校の主張はまったく間違っているが、事実を知らない者は納得してしまうかも知れない。49年に蒋介石の国民党軍が台湾に逃れたのは確かに国共内戦の結果だ。だがその時、台湾には600万人の台湾人が暮らしていた。そこへ100万の蒋の一党が一方的に逃げ込んできたのだ。

一つ目の間違いは、その600万人の台湾人には、数10万の原住民とその85%に原住民のDNAが存在するとの台湾血液学の泰斗林媽利博士の研究が述べる本島人(今の本省人)がいた。つまり、9割方が漢族ではないという訳だ。まして彼らには中国共産党に支配された歴史など微塵もない。

この蒋介石の台湾接収は、カイロ宣言とGHQ一般命令第一号が拠り所だった。が、台湾はサンフランシスコ平和条約で日本によって「放棄」されたに過ぎない。よって台湾の国際法上の地位は今も放棄されたままの状態だ。そして何よりこの時、台湾人600万人の民意は一顧だにされなかった。

間違いの二つ目は米国の「一つの中国」政策。それは曖昧で判り難いが、79年の国交正常化時に米国は「台湾が中国の一部であるという中国の立場を認める(acknowledge)」としただけだ。シャボーは「米国は一つの中国を認めてはいるが、一つの中国の中に台湾は含まれていない」とする。

クリントン大統領ですら、00年2月に北京が「第二次台湾白書」の中で台湾への武力行使の可能性を明らかにした時、米国は「これまで通り台湾問題の解決に武力を行使することに反対する。加えて、北京と台湾の問題は平和的に、かつ台湾人民の同意を以って解決すべきだ」と明言した。

シャボーは、中国でさえ台湾を自国の一部として扱っていない証拠に、「台湾には中国の政府機関も軍隊も企業も未だかつて存在したことがない」とし、「一つの中国は絵空事」だが、もし「台湾の独立」が台湾人民の同意によるものであれば、「それは絵空事ではなくなる」と述べる。

ポンペオ前国務長官も昨年11月、「台湾は中国の一部ではない」と明言、台湾に対する米国の約束は党派を超えたものであり、台湾は民主主義の手本であると両党共に理解しているとの見方を示し、20年前のシャボー発言を踏襲した。

筆者はつい最近、台湾国民党に極めて近い台湾の某氏と「92年合意」についてやり取りした。彼はそれを、台湾の国民党側の海峡交流基金会(海基会)辜振甫会長と中国共産党側の海峡両岸関係協会(海協会)汪道涵会長が、文化歴史と経済を梃に両岸の膠着状態を打開すべく、92年に香港で会談した際の合意だという。

そして海基会が、両会は各自口頭で一つの中国の原則を主張すること(一中各表)に同意したと見なす一方、海協会は「両岸共に一つの中国の原則を堅持する」との部分に共通認識があっても、一つの中国の政治的な「一中各表」には、互いの共通認識が至っていないと述べているとした。

筆者は、一般に「92年合意」の「一中各表」とは、北京は「一つの中国とは大陸で、台湾はその一部」、国民党は「一つの中国とは台湾で、大陸がその一部」という主張を指すが、民進党は「92年合意」そのものを認めていないのではないか、と問うたが某氏は答えなかった。

さらに、国民党の主張は蒋介石の「大陸反攻」への固執ゆえのもので、これを取り下げていたら79年の国連離脱はなかったのではないかとも問うた。が、それにも答えはなく、「ユートピアである台湾独立を放棄しない限り、百年経っても馬英九以上の両岸関係を築き上げるのは無理」と述べた。

以上、縷々述べたがポイントは「北京と台湾の問題は平和的に、かつ台湾人民の同意を以って解決すべき」とのクリントン発言だ。台湾の国立政治大学が毎年実施している世論調査で、20年度は台湾人アイデンティティを持つと答える者が67%となった(中国人アイデンティティは2.4%)。

だが、台湾独立を志向する者は、18年の20%から26%、そして35%と急伸したものの、現状維持が未だ52%いる(中国との統一は5.8%)。だがもし中国が「国家分裂法」を取り下げて、完全な台湾人の自由意思を問うたなら9割方は独立と答えるだろう。それは原住民DNAを持つ台湾人の数にほぼ等しい。

おっかない輩に匕首を突き付けられては、誰も思いの丈を口にできまい。そんな台湾に何よりの勇気をもたらす安倍訪台は、「一つの中国」という世紀の絵空事を葬り去る前奏曲になるはずだ。弟の防衛大臣も米国防長官と密に電話で談じたようで、まさに賢兄賢弟。