国葬をめぐる危惧と懸念:万全な警護の為に自衛隊法の改正を

潮 匡人

去る7月16日付朝日朝刊の「朝日川柳」が、安倍晋三元首相の国葬を題材にした以下の7作を掲載した。

・疑惑あった人が国葬そんな国
・利用され迷惑してる「民主主義」
・死してなお税金使う野辺送り
・忖度はどこまで続く あの世まで
・国葬って国がお仕舞いっていうことか
・動機聞きゃテロじゃ無かったらしいです
・ああ怖いこうして歴史は作られる

しかも、4番目の「忖度はどこまで続く あの世まで」の冒頭には、「☆」マークが付いていた。各作者に加え、以上7作だけを集めた選者(西木空人)と、掲載した朝日新聞社編集幹部の感覚は、まともでない。

「あまりに、ひどい」(私のツイート投稿)と感じたのは、私ひとりではなかったようだ。同様の声は、自民党や保守陣営に留まらず、一部の朝日読者層にまで及んだ。

この時点で素直に反省し、謝罪していれば、まだ許されたかもしれない。だが、そこは朝日新聞。4日後の7月20日付朝刊に「安倍氏を悼む 「国葬」に疑問と懸念」と題した社説を掲載。こう書き始めた。

在任期間は憲政史上最長となったが、安倍元首相の業績には賛否両論がある。極めて異例の「国葬」という形式が、かえって社会の溝を広げ、政治指導者に対する冷静な評価を妨げはしないか。岸田首相のこれまでの説明からは、そんな危惧を抱かざるをえない。

冒頭で「賛否両論がある」と書きながら、「悼む」ことなく、最後まで「危惧」や「疑問と懸念」だけを書き連ね、最後をこう締めた。

弔意の強制はあってはならない。国葬が政権の評価を定めるものでもない。自由な論評を許さぬ風潮が生まれれば、それこそ民主主義の危機である。

あえて上記の「川柳」を借りよう。

利用され迷惑してる「民主主義」

Alex Sholom/iStock

……皮肉や批判はここまでとし、以下、朝日新聞とは、まったく異なる理由から、国葬への危惧や懸念を述べる。

「保守」陣営との無用な摩擦を避けるべく、結論から述べよう。国葬とするなら、その前に自衛隊法を改正すべし。そうできないなら、私は賛成できない。なぜなら、国葬となれば、世界中から各国元首や政治指導者など要人が多数、参列するからである。テロリストにとって格好の標的となろう。

なにしろ、重要な警護対象が、やすやす暗殺される国である。しかも、殺害現場となった奈良県の警察本部長(鬼塚友章)は、長野県警の警備第一課長や、警察庁の警備課警護室長などを歴任した要人警護のプロ中のプロ。そのお膝元で犯行は起きた。平和ボケが過ぎよう。

はたして、警視庁(および各道府県警察)に、世界中から集まる多数要人の警護が務まるのか。警察関係者には失礼ながら、正直、不安を禁じえない。

もし、これが〝普通の国〞なら、重装備の武装警官に加え、軍隊の兵士らが厳重な警備警護に就く。事実、海外で開催されるサミットや五輪は、開催国の軍隊も警護に当たる。そもそも、各国大使館は当該国の軍隊が警護している(日本を除く)。ロンドンサミットでは、会場付近に軍の対空兵器が配備された様子が、英BBCテレビで放送された。これぞ「見せる警備」だったが、それでもテロは防げなかった。

だからこそ万全を期し、陸海空自衛隊も警護に当たれるよう、自衛隊法を改正すべきと考える。

具体的には、警護出動を定めた自衛隊法第八十一条の二。同法により内閣総理大臣は「政治上その他の主義主張に基づき」、「重要な施設その他の物を破壊する行為が行われるおそれがあり、かつ、その被害を防止するため特別の必要があると認める場合」、自衛隊に「警護のため部隊等の出動を命ずることができる」が、その対象が、自衛隊の基地と在日米軍基地に限定されている(※)。

本来なら、憲法を改正し、自衛隊を名実ともの軍隊として警護に当たらせるべきだが、その時間はない。せめて上記制約を法改正し、自衛隊を活用すべきではないか。

きっと政府は「その必要はない、警備警護こそ警察の役割」と反対する。げんに過去、日本でのサミットや五輪で、そうだった。そこで、彼らに聞く。対空兵器もなければ、対潜哨戒能力もない警察ごときに「万全の警護」が務まるのか。そもそもマンパワーが足りるのか。

これほどの大失態(安倍暗殺)を晒しながら、なお、自衛隊を活用しようとしない日本政府……。もはや、平和ボケでは済まされない。

※「一 自衛隊の施設」と「二 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二条第一項の施設及び区域(同協定第二十五条の合同委員会において自衛隊の部隊等が警護を行うこととされたものに限る。)」。