ヒロシマと核抑止力

野口 修司

力には力で対抗するしかない、という現実主義者は、なぜか核兵器について、肝心なところは、指導者は合理的な判断のもと”使わないだろう”というフィクションたる抑止論に依拠しています。本当は、核兵器が存在する限り、人類を滅亡させる力を使ってしまう指導者が出てきかねないという現実を直視すべきです。

77回目の原爆記念日における広島県知事の言葉だ。「核兵器」など世界の安全保障に疎いことが分かる。「抑止論」とはなにか。「使わないだろう」に依拠ということではない。違う。常に「使う」前提ではないと、抑止は機能しないのが、世界の常識だ。

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今回のプーチンのウクライナ侵略。似たような展開可能性がある中国による台湾の扱い。身勝手ともいえる正当化で、現状変更を「核使用」も含む武力でやり遂げる。そのような戦争を開始したいという指導者に対する警告「もしそんなことをすると、核兵器をお見舞いするぞ。だからやらないほうが良い」という脅しにも似た概念が「抑止力」だ。「やると必ず後悔するぞ」という意味がある。

冷戦時代は米ソがお互いに脅し合って、硬直状態、横綱ががっぷり四つに組む状態がずっと続いた。その結果、均衡が保たれ、表面的な平和が維持できた。

筆者が何度も長時間インタビューした元国防長官のR・マクナマラ氏。1965年に相互確証破壊(Mutual Assured Destruction=MAD)というドクトリンを発表した。それが世界の標準的な核抑止論になった。MADは「狂気」の意味もあり、米ソの核軍拡競争が人類滅亡の可能性を意味するという皮肉が囁かれた。日本はその状態の中「自由陣営」の一部として、平和を享受して、経済・技術発展できた。

R・マクナマラ元国防長官(右)
筆者提供

戦争を防げなかったためウクライナ危機は「核抑止の失敗」という人がいる。違う。

ウクライナは「ブタペスト合意」で、旧ソ連邦に配置された核を手放した。露米などがウクライナの国境と安全を守るという約束と引き換えだ。本当は核を発射できるだけのもの全てを管理していたわけではなかったが、一応、物理的に核兵器を持っていた。信用できそうな約束が米も含めて登場したので、核保有を諦めた。

それを破ったのがプーチン。約束など意味がない人間だ。長くなるのでここでは説明を避けるが、NATOの東方拡大の約束とは、本質的に違うものだ。

ウクライナが核を維持すれば侵略を防げたと簡単には言えない。だが雑駁に言えば、ウクライナに核が残っていればプーチンは簡単に侵略できなかった。その意味で核抑止は「健在」だ。

さらに米にとってウクライナは同盟国ではない。だから米の核が使われることはまずない。つまりここも抑止力が破綻したとは言えない。

逆に、米がいまでも本格的に介入できない理由の1つが「プーチンの核」だ。他にも理由があるが、核戦争も含めて第三次大戦になることを恐れて、バイデンは米軍を派遣するなどができない。その意味でも、ここは悲しいことだが、核の抑止は健在だ。

繰り返す。「使わないだろう」ではない、「使う」という本気度を含む警告がないと、抑止力は機能しないし、成り立たない。

もう30年くらいになる。筆者はやはり同じような暑い夏、広島で市長の演説を聞いた。確か1991年だ。

その時、初めて「核の傘からの脱却」という概念を聞いた。拍手した。それまでの市長など広島関係者は、核の「悲惨」な部分を強調、「廃絶」を訴えてきた。そこの部分は、唯一の被爆国として当然のことで、永遠に語り継ぎ、最終的に廃絶という目標の実現に努力する。これが必要であるし、高く評価されるのは、論を待たない。絶対に必要なことだ。

だが、現実はどうか。日本は米国の核の傘の庇護にあった。戦後80年近い平和は、日本人の一部がいう「平和主義」「憲法9条」の効力ではない。自民党政権の賢い選択で、米国の傘に守られてきたことが主要因だ。世界の常識だ。

それだけではない。オバマ政権の時、米国は究極の目標「核廃絶」に向けて、核拡散を止めようとした。対テロもある。その1つの方法として、核の役割の減少、核の威力・核の脅しを弱めようとした。例えば、非核保有国に対しては核による先制攻撃をやらないと、約束することだ。使う頻度が高い巡航ミサイル「トマホーク」に核弾頭は搭載しないと、米国が世界に約束するなどの計画だった。

日本政府はそれに対して「それは止めてくれ。日本を守る核の傘の威力が弱まる」とお願いした。

後日、本気で核廃絶を願う国防長官を経験したペリー氏が、日本政府に対して「もうそんなことしないでくれ」と言った。日本では殆ど報道されなかった。

ペリー元国防長官
筆者提供

今回のウクライナ危機でも、日本が米国に核を手離したウクライナの事例を使って、核の役割を弱めないことを再度米国にお願いしたという話もあった。

国際社会はみている。広島が被爆で大きな被害を受けたことは事実だ。しかしだからと言って自国政府がやっていることを棚に上げて核廃絶をいう。こんな自己矛盾はない。世界に通用しないことが、中学生でも分かる。

これらのこともあり、30年くらい前、この広島市長はそれまでの伝統を覆して「核の傘からの脱却」を言った。それまではあまり説得力がなかった。筆者らが半世紀くらい言ってきたことが、やっと実現したのを覚えている。

広島は、被爆者の平和への願いを原点に、また、核兵器廃絶に生涯を捧げられた坪井直氏の「ネバーギブアップ」の精神を受け継ぎ、核兵器廃絶の道のりがどんなに険しいとしても、その実現を目指し続けます。

これは先ほどの広島市長の言葉。

坪井 直(すぼい すなお)氏は、安倍元首相の努力もあり、オバマが広島を訪問した時、直接会って、廃絶を強く言った有名な被爆者だ。

筆者と坪井氏とは、30年以上前にネヴァダ州の核実験場近くで、お茶を飲んだことがある。廃絶の重要性は当然、意見一致。だが小生が以下のように申し上げた。これまでの取材体験を元に知ったことだ。

「日本政府は自国の安全保障を、米国の核の傘に依存している。だから被爆者などが廃絶を言っても効果はあまりない」「世界はそうみている」と苦言を呈した。

いまでも覚えている。坪井氏は、頷きながら、こう言った「そうなんだよね。印パなどでも廃絶を言ったが、聞く耳をもたれなかった。自分の政府がなにをやっているか知っているのか?とも言われた。悲しい。だが、私らは努力を続ける。それしかない。ネヴァー・ギヴアップ」

彼の目の奥には、本当に強い永遠不滅・不屈の光があった。大拍手。本当に頭が下がる。

筆者の父は坪井氏と同じようなヒロシマの被爆者だ。爆心地から3キロくらい。最終的に白血病で死んだ。陸軍少尉で本土決戦を準備。間違いなく死ぬ覚悟をしていた。母は東京大空襲の生存者。隅田川に飛び込んで九死に一生を得た。両親ともなんとか生き延びた。

父は筆者が5歳くらいの時に「原爆でおんな子供も含む多数の民間人が死んだ。現場でどれだけの死体を処理したのか、目に焼き付いている。本当の地獄、地獄以上だった。被爆者の多くは後遺症が自分のように残っている。それはそれで悲惨な話だが、最終的に日本は降伏した。死を覚悟した自分は生き残り、しばらくしてお前は生まれた。原爆がなければ、お前は”生”を受けていない」と言った。

過去40年くらい、調査報道記者として、筆者は原爆関連で米国を中心に世界中を取材した。ロスアラモス、リバモア、ハンフォード、オークリッジY12など国立研究所の殆ど全てや、トリ二テイサイト、マンハッタン計画研究者、エノラ・ゲイ搭乗者、シーボーグ博士(プルトニウム発明者)、エド・テイラー博士、投下に参加したハロルド・アグニュー博士、核廃絶をいうキッシンジャー、シュルツ、ペリー、反対立場のシュラシンジャーなど国務、国防長官経験者、投下決定に関する公文書、研究者、国連、欧米における議論など、日本人としては現場と関係者の直接取材の数は、3本の指に入る自負がある。

その結果、上述したような抑止論に関する誤解や、日本政府が自国安全保障を実現するためやっていることの日本国民の無知を思い知った。

さらにやはり30年くらい前に起きたこと。米国の退役軍人が「原爆の被害」を展示しようとしたスミソニアン博物館に対して、感情的に猛反対。自分らが命をかけて戦ったことへの否定にもつながるという大合唱があった。

日本のメディアの多くは深い取材をしないで思い込みをした。米国が隠したがるとされた事実の展示をする。そんなスミソニアンは「反核」だろうという扱いの報道だった。米国は史実を直視すると自国がいかに非人道的なことをしたのか、周知されるため、事実を隠したいという決めつけをした。完全な思い込みだった。

確か1991年だった。ヒロシマの現場で、長時間対談したスミソニアン館長。小生が思った通りだった。「自分は別に反核でもなんでもない。あくまでも史実を展示するのが、歴史家として自分の目標であり使命と感じた。米軍人の気持ちも分かるが、史実を隠してはいけない。同時にすぐに反核だと、思い込みで押し付け、決めつけてはいけない」と苦笑しながら言った。

(右)スミソニアン博物館の館長(当時)
筆者提供

原爆に関して日本人はすぐに感情的になる。あれだけの被害が出れば当然だろう。だが、史実をしっかり勉強するべきだ。

昔からある米による投下に関する議論。最近も見聞きする。「和平を繰り返し求める日本の命乞いを無視して、非情にも原爆を使って民間人の多くを皆殺しにした。米の戦争犯罪だ」という議論だ。評価が高くないフーヴァー元大統領などの考えが元になる。

少しでも、歴史を勉強すれば分かることだ。「和平を求める?」「命乞い?」とんでもない思い込みだ。

それまで根拠なき楽観論の日本だが、さすがに降伏論が徹底抗戦派が多い陸軍内でさえも、サイパン戦辺りで出た。だがすぐに押し潰された。基本的に天皇・国体を守るため、条件付きなら、話をしてもよいくらいの考えで、無条件降伏を求める米側には無視された。一部グルー駐日大使のような「天皇の命を保証すれば降伏する」という意見は少数、最後に投下を決めたバーンズ国務長官らにやはり無視された。

情報戦にも負けており、頼れるどころか、実際にそうなったが、平気で裏切るスターリンに条件付きにならないかの仲介を依頼した。筆者はスイスでも取材したが、必死にソ連への仲介を何度もお願いしていた。結果は裏切り侵略だった。

サイパン辺りで降伏なら、沖縄戦も原爆もなかった。だが、国民のことを考えずに天皇を守ることだけを考えて、徹底抗戦、本土玉砕、最後の一兵まで戦う姿勢を鮮明にした。日本軍が人間の盾として地元民を使った沖縄戦。食べ物・弾薬・医療品がない地獄、死ねば一気に楽になる。そのためのバンザイ攻撃を禁じられた硫黄島と同じように、本土防衛の”捨て石”にされるため、民間人も多く犠牲になった沖縄戦だった。

核の抑止力は、あと付けの論だとよく言われる。

確かに日本に2発投下された1945年にはそんな議論はなかった。抑止など関係なく、原爆使用は、徹底抗戦の日本を降伏させ、ソ連への威嚇が大きな理由だった。

日本人は殆ど議論しないが、原爆による降伏がなければ、もしくは遅れれば、北方領土どころか、北海道全部くらい「ソ連のもの」になっていた可能性がある。東西ドイツのように日本が分割されていたかもしれないのだ。ましてや、1万人近くの米軍犠牲者を出した沖縄。それを返還したお人好しの米国と違って、ロシアはまず返さない。例外的な東ドイツの件は、各種の議論がある。

当時米国がどのように投下を決めたかを示す1945年始め頃の公文書は数千枚以上ある。

原爆投下の研究で世界的に有名な学者がガー・アルペロビッツ(Gar Alperovitz)博士。当時の関係公文書を、「世界で一番読み込んだ」という世界で3本指に入る「原爆投下」専門家だ。

筆者自身による多数の当事者の証言、ヒトが書いたことは、信用できないことも多々あることを体験した。その一方で改ざんもある日露と違って、米の「公文書」は基本的に信用できる。

公文書の解釈は多角的な検証が必要。学校の先輩でもあるガー博士を、ワシントンの自宅に訪問、長時間対談した。彼の説は、日本を降伏させることは2番め、一番の投下理由は「ソ連への威嚇」だと明言した。

それまでの通説では、原爆投下の理由は10近くある(1〜10スケール)。

① 無条件降伏を受け入れない日本を降伏させることが「4」
② 戦争終結後の世界を睨んで、既に対立が激化していたソ連への威嚇が「3」
③ 予算をたくさん使い過ぎたことが「0.5」
④ 人類初の人間や都市に対するウランとプルトニウム爆発の科学的・医学的な実験分析が「0.4」
⑤ 真珠湾攻撃と米軍捕虜虐待への報復が「0.3」
⑥ 人種差別が「0.2」
⑦ その他

ガー博士の説は②が一番重要だということだった。彼の自説では①と②が逆転した。①も②も殆ど同じくらいの割合なので、さほどの意外感はないが、日本降伏後の世界で米はソ連との戦いをどうするか強く考えた。その後の冷戦をみれば重要性が理解できる。

そもそも、戦後のソ連との覇権争い。日本を早く降伏させないと有利にならない。それもあり米国は原爆使用で日本を降伏させようとした。つまり①と②は連動している。分けることにあまり意味がないという議論もある。

いずれにしても正式に投下を決めたのは、トルーマン大統領。しかし実質は影響力が強くト大統領を従わせたバーンズ国務長官の最終決定といえる。彼は原爆に依存する危険な人物で、最後はト大統領に解任された。

天皇は利用された一面もあるが、日本の侵略行為の「元凶」。降伏直前まで米国がその保証をすることはあり得なかった。だが降伏でも死刑にならず、戦後統治で天皇は利用された。筆者はマッカーサーに強い影響を与えて、天皇利用統治を実現したヒュー・ボートン教授にも、長時間直接話しを聞いた。明治天皇に対する日本国民の考えをみて、昭和天皇利用を考えたそうだ。

日本の抵抗の実態を知らない無知な日本人の中には、ソ連への威嚇が一番の理由なので、原爆投下の責任は米国。ヒロシマの言葉、「過ちは、、」の主語は、米国だと主張する。違う。

日本が無条件降伏すれば、その瞬間に戦争は終わり、原爆使用はなかった。100%断言できる。ヒロシマとソ連の裏切り侵攻で、さすがに日本は現実を直視したはず。

マンハッタン計画研究者のハンス・ベーテ博士(左)
筆者提供

実際に原爆を作ったマンハッタン計画研究者などの当事者から「降伏させるためヒロシマは絶対に必要だが、8月8日で日本はもう死に体。ナガサキは不要だった」という声を、直接かなり聞いた。ハンス・ベーテ博士などはその1人だ。

だが、8月8日でもまだ降伏を決めずに、最後の一兵まで戦う、最後に一撃をとか言っていた。天皇も黙っていた。

もともと自国の侵略から始まった戦争。降伏に関する自国の判断ミスを棚に上げて、米国を非難するのはいかがなものか。

原爆2発、ソ連の裏切り侵攻、8月10日になってもまだ日本は降伏を決めない。8月14日の天皇ご聖断で、やっと降伏を決めた。原爆投下の責任が誰か、誰が悪いか明白だ。天皇でさえも、後日「(投下は)仕方がなかった」と言った。絶対的な権限があったはず。7月26日のポツダム宣言の時、黙殺ではなく、受け入れる可能性の議論提示を考えなかったのか。歴史にタラレバはない。だがあの時、天皇が言えば、原爆2発はなかった。

以前このアゴラで「戦術核」に関して書いた。抑止力が長い間、大きな役割を果たしてきた大きな「均衡ゲーム」での新たなプレイヤーだ。過去30年くらい前から「使える核、使い易い核」として存在と使用可能性が指摘されていた。だが今回、冷血プーチンがやったように通常戦争の「延長線上」に現実に登場した。一歩間違えると全面核戦争にもなり得る。悪夢だ。

筆者は30年ほど前、「臨界前実験」を、ネヴァダの地下深く潜って取材した。殆どの日本人が関心なかった。関心がある人は大体が反核、反米だった。「米国はいまだに核兵器を改良している。廃絶する気はない。悪魔の国だ」こんな声をたくさん聞いた。

その時以来米国の核兵器は殆ど改良されていない。当然数の大きな増加はない。減少する方向性。

一方の露中は本来仲がよくない。ほぼ間違いなく親友にはならない。しかし、国際政治の常識、敵の敵は味方。反米、反民主主義でますます強く手を握り合う。同時に「米露」と「米中」、それぞれの2国関係も多数ある要素の1つとして、複雑に絡み合う。事態を読むのは非常に難しい状況が続く。

露中両国共に、通常兵器では米国にいまは勝てそうもない。特にロシアは貧乏国なので、兵器予算に限度がある。だから昔から「大量殺りく兵器」に力を入れてきた。米との話で、中止したはずの生物・化学兵器研究も嘘をついて継続していた。筆者は直接取材した。核兵器とその関連兵器だけ、その予算と利用努力へのエネルギーが突出している。

そのため、米国は中露に核兵器の威力では勝てない状況が続き、その差は開く一方だ。また以前のように、国内問題で余裕がなくなり、米国は昔のような孤立主義に戻りつつある。普段は安全保障に関心がない日本人が、喜んで批判するイラク・アフガンの失敗もあり、米国は他国に関することの優先順位は高くない。

今回のウクライナ危機でTBS報道特集のキャスターが、「核共有など議論するべきでない」と言った。耳を疑う。議論さえも拒否する。とんでもない話だ。どうも著名らしいが、彼をジャーナリストなどと言うべきではない。単なる世界を知らない無知な反核人間なだけだ。

「核共有」に関して、筆者は欧州ではよいが、日本にあまり向かないと思っている。日本の独自核保有はもっとよくない。筆者は反対だ。長くなるので、ここでは書かないが、大変なことになる。しかし議論だけはした方が良い。いままであまりにもタブーで思考停止過ぎた。

一方の攻撃を受けた時に日本の法律による「事態認定」。どこで一線を引くか分からない。なかなか即断できないため、動きと対処が迅速でない。過去の歴史をみたら、現実的には殆ど意味がないことも分かるはず。ここの法改正もあるだろう。

憲法改正の時、自衛隊を正式の「国防軍」にするのは当たり前だろう。でないと自衛隊員は国際条約で守られず、テロリストとして処刑される可能性がある。普通の日本人が知らない側面だ。

さらに中国やロシアの海軍の動きに対する海保から海自までの「切れ目ない」対応を可能にする法改正も必要だ。

アゴラでも筆者は以前に指摘した。「核の拡大抑止」に関して、日米制服組のレベルで情報共有がない。日本の制服トップを経験した人の言葉を聞いて、小生は耳を疑った。https://agora-web.jp/archives/2055814.html

さすがのプロ。森本敏・元防衛大臣も、つい最近似たようなことを指摘した。

日米は概念的なことは共有している。しかし、現場、実務的なことは、局次長のレベルの1つのチャンネルに過ぎない。つまり有事で米国が核を本気で使おうと思った時だ。日本は情報漏れの心配もあり、最初のフェイズではつんぼ桟敷だろうが、米国が使用に向けて数歩進んだ時、日本がどのように動くか、日本が独自の判断ができない。聞いてもらえないかも知れないが、日米協力の場面もある。しかし現時点では、日本の組織全体で情報共有、米国と議論するチャンネルがない。多分日本は右往左往するだけ。核の抑止が機能しない。一体全体なんだろうか。

ではどうするか。日本人はこれまでの「悲惨」な部分と「廃絶」の強調だけで思考停止するべきではない。それだけではなく「現在の核抑止力の実態」「世界の中の日本」「日米同盟の現実」、いろいろなことを知り、皆で議論して、少しでも着実に「前進」するべきだろう。日本国民の命が掛かっている。