12人の国会議員、ジェンダーを語る②

衛藤 幹子

前回に続き、12人の国会議員にジェンダー平等について行ったインタビューの抜粋である。12人のプロフィールは前回の投稿を参照していただきたい。12人はいずれも女性有権者の声に真剣に耳を傾け、立法や政策として具体化することは容易ではないものの、その声に何とか応えようとに懸命に努力していた。

なかでも、私がその実行力に驚かされたのが、3人の女性議員であった。今回は、この3人に的を絞り、彼女たちが女性の利益やジェンダー平等のためにいかに行動したのか、その活動の一端を紹介したい。

(前回:12人の国会議員、ジェンダーを語る①

Moeru Matsunoo/iStock

— Ms. C、ランドセルのために奮闘す

まずは、ブルドーザー(?)のような行動力で、困窮家庭の小学校新1年生が真新しいランドセルを背負って入学式に出席できるようにしたMs. Cである。発端は、家計の逼迫により入学を控えた子どものランドセルが買えないというシングルマザーの訴えを聞いたことだ。

困窮家庭には確か就学援助費が支給されるはず、調べてみると、この制度は入学後に適用されるため、入学式には間に合わないことがわかった。Ms. Cは、「他の子はピカピカのランドセルなのに、なんで自分はリュックサックなんだろという子どもの戸惑いや、自分の離婚のせいで子どもに辛い思いをさせると感じる母親の自責、惨めさはいかばかりか」と彼女たちの苦しい胸の内を慮る。

何とか就学援助費を入学前に支給できないものか、幾度も文科省に足を運んで担当者と掛け合い、長いやり取りの末、支給要綱に「就学予定者にも支給できるという一文を入れる」との解決策が見つかった。

ところが、支給金は国と市町村が折半で負担するため、市町村にも予算措置を取ってもらわなければならない。Ms. Cは自分の選挙区のX県内にある市町村を一つひとつ訪ね、協力を要請した。結局4年も要したが、県内54市町村全てで実現されるに至ったのである。

— Ms. B、国交省に提言書を渡す

母親になったことでMs. Bは、女性や子育て中の若い親にとって不便の多い公共施設が気になるようになった。

たとえば、公衆トイレの個室内のベビーキープ、「必ずお母さんお父さんの手届く所」でなければならないのに、「どう考えても手が届かない所に設置されている」うえ、設置場所も不便で、「全くユーザー目線じゃない」のである。その横に手洗い器でもついていようものなら、子どもの格好の遊び道具になって、そこら辺が水浸しになってしまう。さらに、ドア内側の洋服などを掛けるフックの位置も、身長の低い女性や腕の上がり辛い高齢者には高すぎる。

こうした使い勝手の悪さは、「男性が中心の設計」だったためではないか、とMs. Bは考える。折りしも「道の駅女性駅長会」に出会い、そのメンバーとともに駅のトイレの改善に取り組むことになった。

利用者の多様なニーズを熟知した女性駅長たちと議論を重ね、バリアフリーや子育てに優しいトイレなど具体的なアイデアを盛り込んだ提言書を作成し、国交省に渡した。幸いにも、改訂された公共施設運用指針のガイドラインに取入れられることになった。

— Ms. I、若い仲間を育てる

2019年の統一地方選挙まで、Ms. Iの選挙区Y県の県議会に彼女が所属する自民党の女性議員はいなかった。自民党の女性県会議員が誕生すれば、お膝元に女性の仲間ができて何かと心強いばかりか、県議会の女性比率の上昇にも貢献できる。自民もしくは保守系の議員として、県政を任せられる女性はいないか、折に触れて探すうちに、有望な3人の候補者を見つけ出すことができた。うち一人は、Ms. Iの秘書だった女性で、2011年にMs. I自らの勧めによりY県内のある市議会議員に転身し、2期目を勤めていた。さらに、別のもう一人はY県内の別の市会議員出身者であった。

2019年の県議会選挙に、3人は保守系無所属で立候補した。Ms. Iは、国会議員としての多忙な活動のなか、早朝から彼女たちと一緒に駅立ちするなど、献身的に応援した。その甲斐あって、3人は揃って当選し、しかも自民党に入ったため、Y県議会の女性自民党議員がゼロから一挙に3人になったのである。当然のことながら、Y県議会の女性比率も引き上げられた。彼女たちの活躍がY県の女性たちの生活向上に資することも期待できる。

以上3人の女性議員の活動は、天下国家を論じたい人からみれば、些細な事柄に映るかもしれない。しかし、政治とは実はこうした日常の些細な営みの積み重ねであり、集合体ではないだろうか。有権者が日々の暮らしの中で遭遇する困難に寄り添い、解決のために汗をかくことのできない政治家が、天下国家の問題なら解決できるとでも言うのであろうか。そうではないだろう。