久保建英、ラ・リーガ開幕弾! 決め手は作業メモリのリライト?

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シリーズ、サッカーで学ぶ実用心理学

サッカーはまさに「人類最大の発明」の一つです。

この記事はサッカー好きな脳心理科学者が、サッカー好きな方、仕事や趣味で心理学を使いこなしたい方に向けて心理学的に解説するシリーズです。一般のスポーツニュースでは読み解けないサッカーというドラマの深層を楽しんでいただけると幸いです。

(前回:サッカー行動経済学①:FIFAのW杯48チーム拡大を斬る!

久保建英選手、開幕決勝弾を生んだロジックとは?

日本人で世界が期待するサッカー選手がいます。スペイン一部ラ・リーガの名門レアル・ソシエダに所属する久保建英選手です。

そして、その久保選手がラ・リーガのチーム開幕戦で鮮やかなボレーシュートを決めました。チームはこの1点を守りきり、久保選手のゴールが決勝点になるという殊勲も得ています。

この活躍はスペインでも話題です。

衝撃デビューの久保建英にスペインメディア絶賛。ゴール以外にも高評価だったプレーとは? | フットボールチャンネル
【写真:Getty Images】 リーガエスパニョーラ第1節のカディス対レアル・ソシエダ戦が現地時間14日

日本人として、このような活躍は嬉しいですね!!

実は、久保選手、昨シーズンはマジョルカに所属してリーグ28試合出場、1ゴール、1アシストという期待値を考えれば極めて寂しい結果でした。それが、チームが変わったとは言え今季は1試合目にして1ゴールを記録したのです。

昨シーズン1ゴールを決めた実力が、たまたまチーム開幕戦で発揮されたのでしょうか?いいえ、違います。よく確認すると、非常にロジカルな背景があります。「たまたま」の結果ではなく、「必然」とも言えるゴールだったと言えるでしょう。

そして、そのロジックの一部は、多分に心理学的なものです。この心理学的なロジックは選手が結果を出すときの一般的なロジックでもあり、さらには私たちの日々のパフォーマンスを上げるためのロジックでもあります。

ただ、このロジックは一般にはあまり知られていないようです。このロジックを知り尽くして、サッカーをもっと楽しみませんか?そして、あなたのパフォーマンスも上げたくありませんか?

そこで、ここでは久保選手の衝撃的な開幕ボレー弾の解説を通して、成功のロジックとも言える心の秘密をご紹介しましょう。

世界がため息を飲む、久保建英選手のボールコントロール

まず、サッカーに詳しくない方のために久保選手について簡単にご紹介しましょう。

久保建英選手
NHKサイトより

10歳で才能を見出され、世界一とも言われるスペインの名門チーム、バルセロナに入団。チーム事情で思春期はJリーグのチームで経験を積みますが、18歳でバルセロナのライバル、やはり世界一とも言われるレアル・マドリーの一員となります。

バルセロナ入団当時から、そのテクニックはGOAT(Greatest of all time:史上最高のプレイヤー)とも呼ばれるバルセロナの英雄リオネル・メッシとも並び称されてきました。

推定市場価値(予想移籍金)は2020年のプレシーズンには3000万ユーロ(約40億円)とも言われ、レンタルに際してはドイツ、イングランドといったサッカー超大国の名門チームもその才能の惚れ込み、獲得合戦に名乗りを上げたほどでした。

このように久保選手は世界を驚かせる最も完成された技術を持っている選手の一人と言っても過言ではありません。実際、プレー動画を見ると、まるでボールを手で扱っているかのようで、誰よりもスムーズです。少しでもサッカーをかじったことがある方なら「ため息モノ」と言えるでしょう。

上手いことで逆に非難を集める場合も

ただ、選手層が厚すぎるレアル・マドリーでは外国人枠の問題もあって3シーズンにわたって他チームへのレンタル選手となり「不遇」の時代となります。弱いチームにフィットせず、チームが勝てないのです。

チームが勝てない状況では、上手い選手ほど苦しい立場に追い込まれます。なぜなら、上手い選手は目立ってしまうので責任を被されやすいのです。

サッカーでは選手も監督も「勝てば“聖人”、負ければ“犯罪者”」です。上手い選手は、負けが続くと技術に酔いしれた「上手いだけの選手」など悪く言われてしまいます。「チームに貢献できない選手」というレッテルを貼られて、その先のキャリアが展開しないケースも多々あります。

久保選手もそうなるのでは…と、「世界」が懸念を持っていました。実際、市場価値はピークから三分の一以下に凋落したとも言われました。

その中で、新たなチームでの見事な開幕ボレーシュートです。この一発で市場価値の完全回復とはいきませんが、このような活躍を続ければ、市場価値もピークを更新することでしょう。

ロジックの最初のポイントは「浮き玉パス」というマジック

さて、ここからが本題です。なぜ、久保選手は見事なゴールを決めることができたのでしょうか? フィットするチームに加入したから…という理由で済ませてしまってはロジカルではありません。

科学におけるロジカルとは「再現可能性」を担保する本質なものでなければなりません。久保選手が開幕から鮮やかなシュートを決めることができた要因、特に昨年までとの大きな違いは何だったのでしょうか?

そのヒントは次の記事にあると言えます。

久保建英が開幕先制V弾、FW起用した監督に感謝「僕が今まで知らなかったような動きを要求」 - スペインリーグ : 日刊スポーツ
【カディス(スペイン)高橋智行通信員】レアル・ソシエダードに加入したMF久保建英(21)はアウェーで行われたカディスとの今季初戦に先発出場して公式戦デビューを… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)

この記事によると、監督からこれまで久保選手があまり意識してこなかった「裏へ抜け出せ」という指導があったようです。その指導を信頼した久保選手は敵の守備ブロックの裏側、すなわちキーパーとDFの間の空間に入り込み、味方の名手・スペイン代表MFミケル・メリーノの浮き球のパスを呼び込み、このゴールに結びついています。

狙いすました浮き球のパスはどんなに強固な守備ブロックも無効にしてしまうマジックです。屈強なDFであっても文字通り手も足も出ない頭上をボールが飛び越してしまうと何もできません。

このようなパスを出せる仲間がいるなら、そして自分に浮き球をコントロールできる技術があるなら、積極的に狙うべきプレーだと言えるでしょう。

去年までと何が違う?

ただ、昨年と一昨年の久保選手のゴールにつながったプレー動画を見る限り、このような守備ブロックの背後に抜け出してパスを引き出すプレーはほとんど見られません。久保選手本人も語っているように、むしろ守備ブロックの手前で足元にボールを収めてからの展開を狙うプレーが目立っていました。

もしかしたら、これまでのチームには守備ブロックの背後にボールを出せる味方がいなかったのかもしれませんが、本人の言葉にもあるように久保選手の頭の中がそういうプレーで占められていたのでしょう。

では、私達の頭の中の容量、言い換えれば意識の容量はどの程度あるのでしょうか?ヒトの記憶の容量は膨大ですが、すぐに使いこなせてアクションに活用できる情報の容量は意外と少なく、3つ程度なのです。多くの刺激が飛び交う競技中であれば、その項目数は更に減ることでしょう。

「作業メモリ」という脳内のマジック

この容量は作業メモリ(Working Memory)容量と呼ばれています。どんな仕事であっても、効果的なパフォーマンスを出すには限られた情報処理の資源を有効に使わなければなりません。そして、作業メモリは常に必要最小限に整理しておかなければ、スムーズな行動になりません。あらゆる仕事に通じることですが、いいパフォーマンスの条件とは状況に応じた作業メモリのリライト(書き換え)にあるのです。

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特にサッカーのような展開の早い競技では、そのリライトの精度とスピードがそのパフォーマンスを大きく左右します。恐らく、久保選手の作業メモリはこれまでは、「守備ブロックの前(1)、足元にボールを(2)、そこから足元の技術で展開(3)」の3項目に使われていたことでしょう。

しかし、守備ブロックの裏にボールを出せる魔法使いのような仲間がいるのであれば、「守備ブロックの裏(1)、仲間のパスを引き出し(2)、シュートをゴールに(3)」の3項目にリライトすることでチャンスが増えます。つまり、監督の指導による作業メモリのリライトによって生まれたゴールと言えるでしょう。

実は日本代表の伝説的な選手にも…

実はサッカー日本代表の名選手にも同じようなエピソードがあります。かつて本田圭佑、香川真司とともに「日本代表BIG3」と呼ばれた岡崎慎司選手は『鈍足バンザイ!』という本を出しています。

岡崎選手と言えば、イングランド・プレミアリーグの奇跡の優勝とされた「ミラクル・レスター」の中心選手として有名です。この本では、そこに至るまでにどのように出来ないプレーに見切りをつけて、出来るプレーを磨いてきたかが描かれています。

この本はサッカー少年のために書かれたようなものなのですが、なんとこの本を出してから岡崎選手はゴールを量産し始めました。岡崎選手はこのときのことを、本として整理したおかげで自分のプレーも整理できた、と語っています。

作業メモリのリライトで、久保選手も、あなたも、劇的にパフォーマンスが変わる

岡崎選手のこのエピソードは、言い換えれば作業メモリのリライトに他なりません。作業メモリのリライトの効果はこのように至るところで見出すことが出来ます。私たちの日々のパフォーマンスアップにも参考にしたいですね。

さて、久保選手、開幕戦ではこの度の作業メモリのリライトで成功しました。ただ、これは敵DFの作業メモリが去年までの久保選手への対応策で占められていたおかげなのかもしれません。次からは敵DFもリライトして対応してくることでしょう。

技術が並び称されるGOATメッシのように、ゲーム中にリライトできる成熟した選手になるのでしょうか、それともそこに至るにはまだまだ試練が必要なのでしょうか。次節以降が楽しみですね。

作業メモリの書き換え名人になることは久保選手も含めて、みんなの課題と言えます。あなた自身の作業メモリも意識しながら、久保選手の「上手な書き換え」を応援して、サッカーもあなた自身の人生も楽しみましょう。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。