忖度官僚らが学びたい仕掛けの大きさ
これは、官僚が与党や官邸と対等の立場で動けた、あるいは動いた時代の物語の一つでしょう。自民、民主党の大連立などを仕掛けた影の役者の動きの全体像はあまり知られることはありませんでした。
ずばり「秘録斎藤次郎」(光文社)とのタイトルで出版された近著は、官僚と政治との距離を考える上で、考えさせられるところが多い。「斎藤次郎」とは、大蔵省(現財務省)で官房長、主計局長、事務次官を務め、退官後も政界工作に動き、大連立を仕掛けた人物の一人です。
官僚の枠を超えた仕掛けの大きさは、最近の忖度官僚、不祥事が続く官界にとって、官僚のあり方を反省する材料にもなります。
著者は毎日新聞の元政治部長、元論説委員長だった倉重篤郎氏で、経済部にも二年間、在籍し、大蔵省を担当し、斎藤氏を取材した経験が本書の土台になっています。筆者は「何とか斎藤の重い口を開かせることができた」と、執筆の苦労を語っています。
一読すると、斎藤氏は克明なメモ、あるいは日記の類をつける習性があり、その多くを筆者に提供したとしか思えません。官房長、主計局長、事務次官時代の細部にわたる予算編成、税制改革など、専門的な知識と理解を必要とする作業を筆者が一人で書けるはずはありません。
本書は、事実上、斎藤氏自らの手による自伝と考えるのが自然です。ですから、最近の官僚の劣化に憤り、おのれの足跡を世に問うために「公開」したのでしょう。それだけに斎藤氏の行動原理、政治家との交渉、マスコミ対応を理解する上で価値ある資料だと思います。
「07年7月の参院選で自民党が大惨敗し、衆参両院のねじれに苦しんだ福田康夫首相、民主党を政権党としとしてグレードアップしようとした小沢氏の利害が一致した。国会議員の8割が与党となる大連立を組み、安全保障、財政など国の基本に関わる重要政策で前進を得ようとする構想だった」(同書)。
「最終場面で小沢が民主党役員会の猛烈な反対にあい、大連立は消え去った」、「小沢自身が大連立はやったほうがよかった。経験の少ない若い議員が多かったから行政経験を積むべきだった」、「そうすれば、安倍晋三らに、悪夢のような民主党政権と喧伝されることもなかった」(同)。
福田、小沢、斎藤氏に加え、森喜朗(元首相)、渡辺恒雄(読売新聞主筆)らがどう動いたかも詳述し、舞台裏が透けて見えてくる。
斎藤氏が大連立構想にのめり込んだのは、ドイツ駐在が計6年半に及び、特に05年のドイツ大連立、メルケル政権の誕生、付加価値税の引き上げ、財政再建に向かったのを目の当たりにしたためそうです。
ドイツをモデルにして、日本でも大連立を実現して、増税、さらに財政再建につなげる。また、斎藤氏はドイツの財務官僚と交流し、その体験を下敷きに予算編成の手法を数多く改革したそうです。
現役の事務次官時代には、非自民多党連携政権(93年、細川政権)誕生の際、通産次官と組んで国民福祉税創設(税率7%)を持ちかけました。これもあえなく流産しました。この時も小沢一郎氏が新政党の代表幹事で、小沢=斎藤コンビが大きな構想に賭けていました。
細川首相が7%の根拠を記者団から聞かれ、「細かいデータははじいていない。腰だめの数字です」といった「腰だめ発言」が致命傷になったのです。突如、午前1時前に記者会見を開いたことといい、この政権は政治の体をなしていませんでした。そのどだばたぶりが興味深く書かれている。
細川政権の誕生の際、吉野良彦氏(日本開発銀行総裁、元事務次官)を蔵相に任命しようとしたところ、「とんでもない」と断られたといいます。寄り合い所帯の多党連立政権の取り込まれたら、大蔵省がいいように使われると、警戒したのでしょう。官僚もそのころは気骨がありました。
斎藤氏が絡んだ国民福祉税構想は、政治家としてあまりにも未熟な細川首相により一瞬にして廃案、大連立も小沢氏の自信過剰(党内統一を過信)で流産しました。斎藤氏が民営化された日本郵政の社長の際は、後任人事で失敗し、これは斎藤氏自身の失敗策です。
12年12月の衆院選で安倍晋三の自民党が圧勝し、その政権交代の直前に後任社長を坂篤郎副社長(元大蔵官僚)を昇格させました。「新政権に根回しをしていなかった。菅官房長官が反対するのが分かっていたからだ」。案の定、菅氏の怒りを買い、「坂社長は半年で退任。菅人事だった」(同)。新政権に対する読みが甘かったのです。
波乱に満ちた斎藤氏の官僚人生には、仕掛けの大きさ、失敗しても再挑戦していく根性、ドイツ体験、さらには幼少の頃の満州体験など、ドラマに満ちています。満ちているというよりか、自らドラマを作って行こうとした図太さから来ていると思うと、最近の官僚との違いを感じないわけにはいきません。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。