複雑になり過ぎたビジネスシーン:事業者の技能はそれほど進化していない

最近仕事をしていて以前にも増して疲れるようになりました。体力の問題ではありません。非常に細かく管理しないとやっていけず、首を突っ込めば突っ込むほど底なし沼のようなしがらみに絡め取られるからかもしれません。

その一つとして顧客との関係が単純なビジネス関係で割り切れず、よりディープな関係に変わってきたことがあるでしょう。契約条項の交渉内容であったり、様々な要求や依頼を突き付けられます。

am Edwards/IStock

弊社が大家であるカナダの商業スペースに最近、店をオープンした方はとても単純な内装工事だったのに許可取得作業から計算すれば開業まで6カ月もかかりました。許可をもらうのに図面がいる、図面は誰が作るかといえば設計士、その設計士はどのレベルの設計士にするのか、という知識は一般の店舗オーナーさんは案外持ち合わせていません。二転三転したのち、私どもが普段世話になっている設計士を紹介し、許可は下りたものの次は工事を誰にしてもらうか、この選択も結局この店舗オーナーは間違えました。そして半ば自分で内装工事をやる羽目になり、その間、大家である私も様々な助言や支援を行います。こんなに手間暇がかかった工事はありませんでした。

弊社で運営するマリーナでも船の売却に伴い停泊権やサブリースの譲渡が頻繁に行われます。その場合は私どもを含む三者間譲渡契約書を結ぶわけですが、あらゆる情報を集め、契約書を作成し、それを配布し、署名してもらわねばなりません。慣れているからできるものの普通では勘弁してくれ、と言いたくなるプロセスです。なぜ船の売却が増えているかといえば船主がわがままになったのです。コロナでボートが飛ぶように売れた、しかし、船は複雑で繊細な機械だけにそのメンテの手間暇は専門的知識を求められ、誰でもできるわけではありません。結局宝の持ち腐れになるかトラブルを起こし、諦めて売却するケース続出になっているのです。

そんなに仕事量が多いなら人を雇えばよいではないか、ということなのですが、私どものように小さなピースながらも深い専門知識を求められる作業が沢山ある場合、仕事の範疇が異様に増え、人が定着しないという問題を抱えます。こうなると雇っても直ぐに辞める、ならば採用して教育する手間暇とコストが無駄になるという悪循環ともいえるのでしょう。

少し前の尼崎市のUSB紛失事件で紛失した当人を尼崎市担当者が元請け社員だとずっと思っていたとあり、市の落ち度を指摘する記事がありました。ふと思い出したのが私がゼネコンに在籍していた時、何かのイベントの際、下請けの監督に元請けの制服を着せて「ふり」をさせたことがあったのを思い出しました。もしかすると昔はこんなことはあまり問題にならなかったのですが、今の時代は普段何もなくてもいざ何かあった時は非常に面倒なことになることを改めて感じました。

今、進めている不動産開発事業の工事保険では保険屋から付保条件を求められる時代になりました。工事のトラブルが多い証拠ともいえるでしょう。保険を付保するために大きな出費を伴う対策をせざるを得ないのです。当地の建物は近年、近代的デザインで複雑、かつ芸術的な作りになっています。ところが工事業者の技能はそれほど進化していません。

バンクーバーで最も奇抜なデザインの住宅が1年ほど前に完成したのですが、今春、高層部の水道管のガスケットの処理が不適切だったことに端を発し、大浸水事故が起きました。6-7フロアが水浸しになり、その損害は何十億円規模になると見込まれています。訴訟もいくつか起こされているようです。それらを私どもは目の当たりにしているので恐ろしくてどうしてもコンサバになり、配管業者に「お前のところは大丈夫だろうな?」と言わざるを得ません。するとなお更コストががかるという悪循環です。

カナダのフラッグキャリア、エアカナダ社のCEOが顧客に一斉メールし、7-8月のピークシーズンに入る直前に一日当たり154便の減便(全運航便の約15%)を表明しました。理由は空港スタッフの不足で乗員乗客の搭乗手続きが遅れるなど航空機運行に支障をきたすケースが続出しているためです。特にトロント空港がマヒ状態で政府もこの状況を陳謝し、対策に乗り出さざるを得なくなりました。空港のオペレーションが各分野で滞っているのです。英国 ロンドン ヒースロー空港も同様の発表をしました。なぜこれほどになったかといえば世の中、様々なレベルで様々な自己設定基準を作りそれをレイヤーのように重ねていくため現場ではとんでもない手間暇になるということかと思います。

KDDIの大規模通信障害の原因は通常のメンテ作業の際、作業員が「古いマニュアル」を参照していたことが原因と判断されました。世の中のルールがどんどん変わるのですが、関係者がそれについて行っていないわけです。たったそれだけ?の原因ですが、それがこれだけの問題になるのです。

このような話は今や日常茶飯事で誰かに非があるということでもありません。世の中の仕組みがそうなってしまっただけです。それでもこの状態に少しずつ入り込んできた人にはある程度の「慣れ」もありますが、新入社員のように突然入り込んだ人には痛烈な障壁になるでしょう。なので、北米では人がどんどん辞めるのです。なので余計仕事が廻らない、これが現状なのです。

本当に難しい世の中になったものです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年8月19日の記事より転載させていただきました。