オミクロン対応ワクチンの実力

小島 勢二

DOERS/iStock

オミクロン対応ワクチン

わが国で10月に導入が予定されているオミクロン対応ワクチンが話題を集めている。

英国は、モデルナが開発したオミクロン対応ワクチンを8月15日に承認している。オミクロン株の流行が収束する気配の見えない現在、従来型のワクチンを早く接種すべきかあるいはオミクロン対応ワクチンが出回るまで待つべきか悩んでいる人は多いと思われる。

ウイルスの表面にある突起を介して、コロナウイルスはヒトの細胞に侵入する。mRNAワクチンは、この突起を構成するスパイクタンパクに対する抗体を産生して、ウイルスのヒトの細胞への侵入を阻止する。現在接種されているワクチンは、最初に出現した武漢株のスパイクタンパクの遺伝情報をもとに作られたものである。

コロナウイルスは、これまでスパイクタンパクの変異を繰り返してきた。その結果、変異ウイルスは、従来型ワクチンで産生される中和抗体から逃れることが可能となり、ワクチンの感染予防効果が低下した。とりわけ、第6波、7波の原因であるオミクロン株ではこの傾向が著明である。

モデルナは、オミクロン株のなかでも第6波の主流であったBA.1の遺伝情報をもとに新たに改良型ワクチンを開発した。mRNAワクチンが登場した時に、利点として変異株が出現しても、その遺伝情報をもとに2週間で改良型ワクチンを作ることができるとワクチンメーカーは豪語したが、これまで変異株に対する改良型ワクチンの作成に成功していない。その意味でも、オミクロン対応ワクチンに対する期待は大きい。

コロナワクチンでも抗原原罪はみられるか?

ところで、抗原原罪という免疫現象が存在する。以前に感染したウイルス(A)と一部同様の抗原決定基を持つウイルス(B)に感染すると、A,B共通の抗原決定基に対する抗体は迅速に産生されるが、Bには存在するがAには存在しない抗原決定基に対する抗体は産生されにくいという現象である。

この現象はワクチンについても働く可能性があり、その場合、オミクロン対応ワクチンを接種しても、すでに接種済みの従来型ワクチンに由来する中和抗体は増加するが、目的とする中和抗体は十分産生されない可能性がある。コロナワクチンでも抗原原罪はみられるのだろうか。

この問いに対する答えとして、アカゲザルを用いて従来型ワクチン(mRNA-1273)とオミクロン対応ワクチンを比較した研究が報告されている(Cell.2022;185:1556)。

従来型ワクチンを0、6週に接種、41週に従来型ワクチンまたはオミクロン対応ワクチンによるブースター接種を行なった。ブースター接種2週間後に、武漢株、オミクロン株に対する中和抗体価を測定したところ、2つのワクチンに得られる抗体価の違いはなかった。

従来型ワクチンによるブースター接種後に得られたメモリーB細胞のうち、24%は武漢株に特異的メモリーB細胞、71%は武漢株とオミクロン株の両者に反応する特異的メモリーB細胞であった。オミクロン対応ワクチン接種後に得られたメモリーB細胞についても、武漢株に特異的メモリーB細胞は12%で、武漢株とオミクロン株の両方に反応する特異的メモリーB細胞の割合は81%と、従来型ワクチンによるブースター接種後と大差なかった。

さらに、ブースター接種後にオミクロンの亜種であるBA.1を鼻腔あるいは気管内に感染させ、鼻粘膜、気管支洗浄液中のウイルス量を測定したところ、従来型ワクチンとオミクロン対応ワクチンの間で差はなかった。この研究結果から、コロナワクチンでも抗原原罪が働くことが確認された。

オミクロン対応ワクチンの実力は?

モデルナは武漢株の遺伝子情報に基づく従来型ワクチン(mRNA-1273)25μgとオミクロン対応ワクチン25μgを組み合わせた2価ワクチン(mRNA-1273.214)を開発、20歳以上の成人を対象に第Ⅱ/Ⅲ相試験を行ない、査読前論文として、その結果が報告されている。治験に参加したのは、mRNA-1273群が377人、mRNA-1273.214群が437人で、mRNA-1273群の27%、mRNA-1273.214群の22%にコロナへの感染歴があった。

コロナへの感染歴がない場合、mRNA-1273、mRNA-1273.214接種後の武漢株に対する中和抗体価の平均値は、5649、5977で差は見られなかった。一方、BA.1に対する平均中和抗体価は1473、2372とmRNA-1273.214ではmRNA-1273と比較して1.6倍に増加した。

mRNA-1273.214接種後の武漢株、BA.1、BA.4/BA.5に対する平均中和抗体価は5977、2372、727でオミクロン株に対しては期待する中和抗体価は得られなかった(図1)。この結果は抗原原罪の存在を示唆していると思われる。

図1 オミクロン対応ワクチンの接種前、29日後における武漢株、BA.1、BA.4/BA.5に対する中和抗体価(コロナへの感染歴がない場合)

さらに、コロナへの感染歴がないmRNA-1273.214、mRNA-1273を投与された341人と275人について、感染者数と発症者数が比較された(表1)。mRNA-1273.214投与群の感染者数と発症者数は11人(3.2%)、5人(1.5%)で、mRNA-1273投与群の5人(1.8%)、1人(0.4%)と比較してかえって増加していた。

表1 オミクロン対応ワクチンと従来型ワクチンの感染および発症予防効果の比較

オミクロン対応ワクチンへの期待は大きいが、発表された第Ⅱ/Ⅲ相試験の結果は期待外れであった。オミクロン対応ワクチンの接種が始まる今秋には、さらに別の変異株が流行する可能性も高く、難しい判断が迫られている。

なお、ファイザーもオミクロン対応2価ワクチンの薬事承認を目指しているが、第Ⅲ相試験の結果は発表されていないので、今回の論考では触れないことにした。