IAEAのザポリージャ原子力発電所視察は歓迎すべきなのか --- 大田 位

ウクライナのザポリージャ原子力発電所に関する報道が増えてきました。同発電所には軍事的攻撃が複数回にわたって加えられており、攻撃を行ったとウクライナ軍とロシア軍の双方がお互いを非難しています。世間では同発電所への攻撃によって放射性物質拡散による汚染への懸念が高まっているらしく、汚染物質の拡散シミュレーション結果を用いた報道も行われるようになってきました。こうした懸念は世界的にも高まっており、IAEAは同発電所へ調査団を派遣したと報じられました。

ザポリージャ原子力発電所
NHKより

放射性物質拡散を防ぐためにもIAEA調査団の現地派遣は本来なら歓迎すべきなのでしょう。しかし私にはいくつか懸念していることがあり、どうしても歓迎することができません。

一つ目が、ウクライナ側はロシア軍が同発電所から撤退した上での専門家訪問を求めていたのに対して、ロシア側は現状での訪問を求めていたことであり、今回の訪問決定もプーチン大統領の合意によって実現したことです。ロシア軍による占領を受け入れ、5月にロシア当局からザポリージャ知事に任命された元ウクライナ国会議員のバリツキー氏は、8月3日に以下のようにTelegramへ投稿しました。

IAEAの事務局長がヨーロッパ最大の原子力発電所を訪問することを、あらゆる方法で歓迎します。

ロシア軍が今日それをどのように守っているか、そして西側から武器を受け取っているウクライナが無人機を含むこれらの武器を使用して、手榴弾を持ったサルのように行動して原子力発電所を攻撃する方法を示す準備ができています。(本文の一部をGoogle翻訳)

ロシア側がIAEA調査団に求めているのは、ロシアによって同発電所が管理されており、ウクライナ軍の攻撃からロシア軍が守っているとアピールしたいことであると分かります。

二つ目が同発電所の所属についてです。同発電所は3月にロシア軍に占領されてから、ロシア側によって管理されており、調査団の訪問が完了すれば、ロシア側は必ずやIAEAはロシア側の管理を認めたと宣伝し、ロシアのものとして接収を進めていくことでしょう。

8月9日にウクライナの国営原子力企業エネルゴアトム社長のペトロ・コーチン氏は、「ザポリージャ原発に駐留するロシア軍は、同原発をクリミア半島の電力網に接続することを目的としたロスアトム(ロシア国営原子力企業)の計画を遂行している」と述べました。その上で、ウクライナの送電網と繋がる送電線をロシア軍は3本破壊したとも述べています。

ウクライナの全電力の5分の1を供給しており、400万世帯分を賄うことができるとされる発電所が完全にロシア側に接収されれば、ウクライナ国内の産業や国民生活などへの打撃は必至でしょう。国連総長は、同発電所はウクライナのものであると述べましたが、ロシア軍が撤退しない限りは、接収への動きは加速していくと思われます。

三つ目は同発電所の職員とその家族たちの安否についてです。同発電所はロシア軍に占領されているものの、ウクライナ人の職員たちによって運営されています。これは同発電所の6基の原子炉はロシア型であるものの、ここ数年で大幅なアップグレードが行われ、ソビエト時代のシステムが最新の海外製のシステムに置き換えられたためであると報告されています。

ロシアのロスアトムの職員が同発電所に派遣されても、彼らにとって未知のシステムであるため、すぐに運営することは不可能であるからです。しかしロシア側による同発電所の接収が進めば、ウクライナ人の職員による運営の割合は減らされていくことでしょう。本人の意思に関わらず国籍をロシアに変更されたり、完全なる「引継ぎ」後に本人の必要性が問われる事態などが懸念されます。

また上記リンク先の記事にもありますが、同発電所の送電先をロシアの占領地域に限定する作業が行われればウクライナ側はそれを反逆行為とみなす可能性があり、またウクライナ人職員がロシア側の指示に従わなければロシアへの反逆行為と受け止められるでしょう。両国が戦争中であることを考えれば、報復措置が本人やその家族に及ぶ可能性を否定できません。

同発電所から放射性物質が漏れ出して拡散することは確かに心配です。しかしこの件に関して、現状はロシア側の思惑通りに進んでいるように見られ、ウクライナ側には不利に事態が進んでいると思われます。

同発電所が安全に運営されることは望ましいですが、調査団訪問後に起こると予想されるウクライナ側への悲劇を考えると、私は憂鬱になります。

大田 位(おおた ただし)
所属・肩書:社会人。日本に関連しそうな海外記事が好き。