拳銃のトリガーは2回引かれたが弾は発射しなかった
9月2日、アルゼンチンのクリスチーナ・フェルナンデス副大統領(以後クリスチーナ副大統領)が寸前で暗殺から逃れるという出来事があった。彼女の頭の側面近くまで近づけられた拳銃(ベルサ380)から2度引き金が引かれたが5発の弾は発射されなかった。しかも、実行犯が余りにも容易に彼女の近くまで接近することができたということは、彼女の生命の安全を守る護衛が任務を果たしていなかったことになる。
先ず最初になぜ弾が発射されなかったのかという疑問が湧く。
その理由として、この拳銃は1938年に製造が中止されたもので、もう半世紀以上も経過している古い拳銃だからであろうか? 或いは銃弾が古くなっていたからであろうか? という疑問が湧く。
更に疑問は、この拳銃でもって彼女に近づいたブラジル移民のサバグ・モンティエル容疑者がこの拳銃の打ち方を十分に把握していなかったのか? 彼の単独の行動によるものなのか?、共犯者が背後にいたのではないか? 5発の銃弾は詰められていたが、弾が発射される箇所には弾薬が装填されていなかった、と9月22日付「エル・パイス」は指摘している。
これらのことから、彼は所持していた拳銃についての知識はなく、他人からそれが渡されたのではないか? あるいは単に演技であって、暗殺する気はなかったのではないか? という疑問が続く。
これらのことを裏付けるべく、拳銃にはサバグ・モンティエル氏の指紋が消されていたということ。しかも、彼を最初に取り押さえたのは護衛ではなく、クリスチーナ副大統領の支持者だった。
更に事件の解明を邪魔している点がある。実行犯の携帯電話がブロックされていて過去の交信内容を警察が分析できなくなっているというのだ。
今回の暗殺未遂がやらせだとされる理由
クリチーナ副大統領が今回の暗殺未遂の対象にされた背景には以下のような理由が想定できる。
ポピュリストの彼女の言動はこれまでもクリスチーナ支持派と反対派と国民を二分される傾向にあった。
彼女が第56代大統領として就任中(2007-2015)に次ぎのような事件が発生している。
- ユダヤ人共済協会の建物が1994年にテロリストによって爆破され85名の犠牲者を出した。この事件に関与していたイラン人を免罪された。免罪する代りにイランがアルゼンチンからの輸入を促進させるという取り決めを当時のクリスチーナ大統領が行った。それを議会の公聴会で公にすると表明したニスマン検事が公聴会の前日に死亡するという事件が発生。今もそれが他殺か自殺が明確になっていない。
- 汚職に染まっている彼女には6つの容疑で起訴されていた。そこで彼女の秘書官ファビアン・フェルナデス氏が証人といて法廷に出頭することになっていたが何者かによって殺害された。
- この6つの容疑で彼女は公判に出頭することがクラウディオ・ボナディオ判事によって命令されていた。が、彼女は当時上院議員だということで不逮捕特権を利用して出頭を避けた。その後、ボナディオ判事は病死。
このように、彼女を不利にする事件が発生しても、彼女を盲信している支持者たちの支援もあって、大統領選に立候補すれば勝利するという予測がされていた。それは彼女にとって公判を避ける為の不逮捕特権を利用できる絶好の機会であった。
しかし、彼女は起訴されていることを考慮し、自らは副大統領として立候補した。そして、大統領にはカリスマ性の乏しいアルベルト・フェルナンデス氏を候補者にした。当初、両者は犬猿の仲であったが、彼にとって大統領のポストは魅力があった。これには裏があり、彼女は副大統領ではあるが、実権は彼女が握るという策であった。
見事、大統領選に勝利して彼女は副大統領のポストに就いた。しかし、汚職事件の捜査は依然進められていた。そして遂に検察は彼女に12年の禁固刑を求刑したのである。検査は彼女を有罪にできる証拠は十分なほど握っている。それを誰よりも良く知っているのはクリスチーナ副大統領自身である。
この禁固刑を検察が明らかにした時点で、彼女は奈落の底に突き落とされた状態にあった。しかも、経済面ではフェルナンデス大統領への国民からの支持は急激に下降し、今年のインフレは90%に至ることが予測されている。
このような事情下にあって、反クリスチーナ副大統領派の間ではこのフェルナンデス両氏の政権の交代を要求する動きが活発になっている。
クリスチーナ氏の失地回復の場
そのような状況下での今回の暗殺未遂事件なのである。即ち、クリスチーナ副大統領への同情を煽って今後予定されている公判で彼女を有利な立場にさせよう狙ったものだ。その為に、移民者を利用して暗殺未遂を故意に企てたという憶測である。
実際、世論調査会社レプタシオン・デジタルが実施した世論調査でも62.49%は暗殺未遂を信じることができないと回答をした。逆にそれが事実だと回答したのは37.51%。(9月3日付「デバテ」から引用)。
ポピュリストで、しかも理性ではなく感情で政治をするクリスチーナ副大統領の政治生命は今回の出来事を機会に尽きて行くであろう。