箸墓の年代特定:炭素14年代測定モデルの適合度16% --- 浦野 文孝

東田(ひがいだ)大塚古墳
2020年3月20日筆者撮影

奈良県桜井市の纏向学研究センター(寺澤薫所長)が設立10周年記念論文集『纏向学の最前線』を刊行した(非売品)。全85本を収録、まさに『最前線』の名にふさわしい内容である。私は千葉県立図書館で閲覧したが、今後のネット公開を期待する。

ここでは国立歴史民俗博物館の坂本稔氏による「較正曲線 IntCal20 と日本産樹木年輪」を紹介したい。坂本氏は歴博が2011年論文「古墳出現期の炭素14年代測定」で発表した箸墓古墳の実年代について触れている。

箸墓の年代推定には、考古学的手法と炭素14年代測定がある。私は6月5日のアゴラ投稿で、寺澤氏の考古学的手法について以下の通り指摘した。

  1. 箸墓の前の年代とされるホケノ山古墳では、230~250年に中国で作られたと推定される画文帯神獣鏡の破鏡が出土した。
  2. 寺澤氏はホケノ山を3世紀中頃、箸墓を第3四半期と推定している。しかし、中国鏡の倭国での副葬までにはタイムラグが想定され、ホケノ山は第4四半期以降、箸墓は同時期または4世紀第1四半期以降の可能性が高いのではないか。
  3. タイムラグは様々で、考古学的手法で箸墓の年代を20年単位で特定することは難しい。

歴博の炭素14年代測定による年代推定

炭素14年代測定は、炭素14(放射性炭素)が5730年で半減することを利用して年代を推定する(具体的には図1参照。詳細省略)。

図1

歴博は2011年論文で、纏向関連試料を年代別に括り、土器・古墳の編年でモデルを組み、箸墓の年代を240~260年と推定した。2011年論文はわかりにくい(どの試料をどの年代に括ったのか、どう編年してモデルを組んだのか、どう年代を限定したのか)。

表1は私の理解で要点をまとめたものである。

表1

今回の坂本氏の論文の新しいところは、主に以下の3点である。

  1. 20011年論文では歴博独自の年代較正曲線が使われたが、今回は国際的な最新の較正曲線IntCal20が使われた。
  2. 年代較正ソフトOxCalのベイズ推定機能によって、統計学的な適合度(Agreemennt Index)が計算された。
  3. 試料とデータが年代順に掲載されて明確になり、わかりやすくなった。

注目されるのは2である。国際標準にのっとり、適合度が計算できるようになった。坂本氏によると歴博のモデルの適合度は以下の結果となった。

残念ながら60%以上が求められるモデルの適合度は16%と低く…参考程度の結果と捉える必要がある…

私もOxCal4.4を使ってベイズ推定したところ、坂本氏とほぼ同様の年代が得られ、適合度も16.4%となった(表2・図2参照)。

表2

適合度が16%と、合格点の60%を大幅に下回ったことについて、坂本氏は以下のようにコメントしている。

筆者は考古学を専門とせず、得られた結果の考古学的な妥当性を判断する立場にはない。ただ、8-3と9の境界(AD230~255)は…箸墓古墳築造直後の年代、AD240~260と重なると考えてよいだろう。

今後さらなる試料の整理と年代測定を重ねる必要のあることは言うまでもないが…(OxCalでは)同一期内でも先後関係を指定できるためモデルの構築次第ではより明らかな年代を提示できるだろう。

確かに結果の一部は「240~260年」と重なる(表2グリーン網かけ部分)。しかし、適合度16%のモデルを根拠に年代を判断することが適切だとは考えられない。坂本氏は2011年論文のモデルが不十分であることを認めている。歴博はすぐにでも適合度が16%にとどまった原因を分析し、2011年論文の再検討にとりかかるべきだろう(その結果、箸墓の年代が訂正になるかどうかは別として)。

適合度が低くなった原因推定と根本的な問題

私は、最大の原因は歴博の編年だと思われる。試料ごとの適合度は56試料中12試料で60%を下回った。特に東田大塚古墳の試料が低い(表2ピンク網かけ部分・ベージュ網かけ部分)。

試しに、私が東田大塚のデータ(8-1/8-2/9)を後ろの年代(8-3/10/11)に括り直してベイズ推定したところ、適合度は58.6%となった。歴博の土器・古墳編年はIntCal20に基づく限り、見直しが必要となるのではないか。

そもそもだが、炭素14年代は測定誤差が大きい。大福10次の試料(表2オレンジ網かけ部分)は、実は同じ土器の内面焦げと外面煤だが、炭素14年代で50年もの差が出ている。焦げの原料の影響ではない。50年の測定誤差がある手法で、20年単位の年代を推定することができるだろうか。

しかも3~4世紀の較正曲線は「下降→上昇→なだらかな下降」という形状となっており(図1参照)、炭素14年代と交差するところが多くなってしまう。炭素14年代測定は残念ながら、弥生~古墳時代の年代絞り込みには適していない。

図1のように、箸墓周濠から出土した土器付着物には240~260年の較正年代の確率が高いものがあり、240~260年の可能性が低いとまでは言えないが、限定はできない。周濠の土器は古い年代の土器が廃棄された可能性も否定できず、試料として望ましくない(最も望ましいのは埋葬施設からの出土遺物)。

考古学的手法と同様、炭素14年代測定でも、弥生後期~古墳時代を20年単位で年代推定することは難しい。古墳時代開始の定義を箸墓とするのであれば、「古墳時代は3世紀半ばから」といった特定は、現段階では避けるべきだと思われる。

浦野 文孝

千葉市在住。歴史や政治に関心のある一般市民。