世界からコロナ対策の優等生と称賛された日本も、BA.5による感染拡大によって、世界でも最多の感染者数を数えるなど昨年までとは様変わりの状況である。
武漢株の遺伝情報に基づく従来型ワクチンの効果が薄れたとして、9月中にもオミクロン株対応ワクチンが12歳以上を対象に接種されることになった。しかし、8月17日に国立感染研究所(感染研)からは、従来型ワクチンでも3回接種すれば、BA.5に対しても接種から3ヶ月未満では65%、3ヶ月以上たっても54%と比較的高い予防効果が期待できることが発表されている。NHKや大手メデイアも一斉にこの発表を報道し、従来型ワクチン接種を推奨する根拠としている。
ところで、7月27日付けの論考で、私はBA.5の出現に伴い、日本におけるワクチンの効果が急速に低下したことを報告したが、果たしてどちらの報告を信じたら良いのだろうか。
実は、感染研と私の報告とでは、ワクチンの有効性を算出する方法が異なっている。感染研は、関東地方の7機関を受診した16歳以上の1550人を対象に、症例対照研究という手法を用いて発症予防効果を検討している。私は、厚労省が公開している全国の感染者数を用いたコホート研究によって効果を算出した。
症例対照研究は、発熱や咳嗽などの症状を訴えて医療機関を受診した患者が対象である。受診した患者に、ウイルス検査を行って検査陽性者と陰性者に分類し、ワクチン接種歴に応じてオッズを算出する。有効率は、(1―ワクチン接種者と未接種者のオッズ比)× 100で推定する。症状を訴える患者が対象であるので、有効率は発症予防効果で評価する。コホート研究と比較して、対象症例が少なくて済み費用もかからないのが利点である。
コホート研究は、ワクチンの接種歴で分類した集団における感染率を計算する。有効率は、(1―ワクチン接種者と未接種者の感染率の比)× 100で推定する。厚労省が発表する感染者には、無症候キャリアーも含まれているので、有効率は感染予防効果である。しかし、感染者のうちで無症候キャリアーの占める割合はわずかなので、今回の場合は発症予防効果とほぼ等しい。医療統計学では、症例対照研究とコホート研究の結果は感染率が低ければ一致するが、感染率が高ければ乖離するとされている。
感染研の研究では、7月4日から7月31日までの間の受診者のうち、3回目ワクチン接種後14日から3ヶ月未満の受診者は228人であった。このうち、検査陽性者は121人、陰性者は107人なのでオッズは1.13である。この期間のワクチン未接種者は197人で、陽性者は144人、陰性者は53人なのでオッズは2.72である。その結果、オッズ比は0.42となり、発症予防効果は58%である。
コホート研究では、厚労省の公開データから7月4日〜7月10日の12歳から65歳未満のデータを抽出した。ワクチンを3回目接種した45,894,915人のうち検査陽性者数は102,206人で、感染率は0.22%となる。未接種者12,396,011人のうち検査陽性者数は31,863人なので感染率は0.26%である。その結果、感染予防効果は(1−0.22÷0.26)×100で15%と、症例対照研究で得られた結果と乖離が見られる。
感染研が行なった研究では、3回接種者、未接種者における検査陽性者の占める割合は、それぞれ53%、73%と高いことが、感染研の発表する発症予防効果とアゴラに私が発表した感染予防効果に大きな乖離が見られる原因と考えられる。
実際、感染研のデータを用いて、コホート研究の手法を用いて発症予防効果を計算すると27%となり、症例対照研究で得られた58%とは大きな乖離が見られた。
そこで、3回接種者の228人のうち感染者は2人、未接種者197人のうち感染者は5人と感染率が低い場合を想定して、症例対照研究とコホート研究の手法を用いて発症予防効果を計算した。すると、症例対照研究では66%、コホート研究では65%と、ほぼ一致する値が得られた。
表3には、海外からのオミクロン株に対する3回目ワクチン接種の感染あるいは発症予防効果を、症例対照研究の手法で検討した成績を示す。3回目のワクチンを接種した3ヶ月以降はいずれの研究も15〜25%程度に低下しており、アゴラに私が発表した数字に近似している。
感染研から発表された3回目従来型コロナワクチン接種の有効率は、海外からの研究報告とは大きな乖離が見られる。今後、導入されるオミクロン株対応ワクチンの有効性を評価するうえでも基本となるデータだけに、海外の研究報告とは大きく乖離する理由が求められる。