故エリザベス女王の国葬は荘厳さと厳粛さが調和した見事な式典だったと思う。かつての帝国イギリスの面目躍如といったところか。しかも、現代の式典では、順次礼拝を執り行った宗教者たちのジェンダー、民族が多様化し、時代の大きな変化が感じられた。
イギリス社会の文化的多様性は、人口構成に明瞭に示されている。同国の16歳以上人口のうち外国にルーツを持つ人(イギリスの人口動態類型に従い、以下少数民族と呼ぶ)の割合は13%である。人口比が拡大するにつれて、かれらの社会的存在感も増しており、たとえば2019年の総選挙当選者650人のうち65人が少数民族出身者であった(Ethnic diversity in politics and public life, 2021)。
さらに、先般実施された保守党の党首選挙では、候補者8人のうち、少数民族出身者が半数を占めていた。ケミ・ベイドノックは両親がナイジェリア出身、スエラ・ブレイヴァーマンとリシ・スナクは両親がインド出身、ナディム・ザハウィはイラク生まれであった。なお、女性も4人で、民族ばかりでなく、ジェンダーの面でも際立っていた。
保守党所属の国会議員による投票で候補者がリズ・トラスとスナクの2人に絞られ、最終ラウンドはジェンダーと民族が交差する興味深い展開になった。一般党員が参加した決選投票では、141,725票のうち81,326票(57.4%)を獲得したトラスが勝利した。
議員投票ではトップだったスナクは、一般党員の支持を集められなかった。彼の敗北の主要因は、ボリス・ジョンソンに引き立てられて出世の階段を登ったにもかかわらず、ジョンソンを背後からナイフで刺すような真似をしたためというのが大方の見立てである。
富豪の娘である妻の税金逃れに対する反感、非白人の首相を避けたなどの理由も挙げられているが、イギリスの友人は、保守党には「ナイフを手にした者に王座は渡さない」という古くからのルールがあり、保守党員の多くがこのルールに従ったと分析する。
いずれにせよ、スナクの善戦は変わりゆくイギリス社会の見本の一つということができるかもしれない。だが、その一方で、スナクはイギリスの不変の伝統を内在する人物でもある。というのも、1382年に設立されたイギリス最古のパブリックスクールであるウィンチェスター校からオックスフォード大学に進んだスナクは、その教育、教養やマナーにおいて大多数のイギリスの政治リーダーと違いはなく、少数民族出身という一点を除けば、正統派の保守党政治家なのである。
パブリックスクールは、イギリス社会で大学以上に重視されることがある大学入学前の学歴である。パブリックとは「公立」ではなく、地域社会の教育に貢献する「公共」といった意味合いだ。寮を併設し、学業と生活の両面から教育する。
なかでも、数百年前に教会や僧侶等により男子教育の場として設立され、歴史と伝統を誇る学校が「偉大な9校」と呼ばれるウィンチェスター、イートン、ハロー、ウェストミンスター、チャーターハウス、ラグビー、シュールズベリー、マーチャント・テイラーズ、セント・ポールである。これら9校出身者は、イギリス社会では超エリートとして特権的な地位に立つ。
下表は戦後イギリスの首相経験者の学歴を列挙したものである。独立校とは日本で言えば独立行政法人のような学校で、入学試験で厳しく選別され、学費も支払う。
16人のうち、パブリックスクール出身者9人、独立校3人、公立学校4人。女性3人のうち2人が公立である。イギリス政界の伝統からスナクとトラスを比べれば、多様性を示したのはトラスのほうである。