ポスト・ハメネイ師の到来が近い:アミニ事件の抗議デモが大規模化

旧ソ連・東欧共産政権時代、民主化運動を推進するうえでリーダーがいた。チェコスロバキアでは「憲章77」の共同創案者の劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル、ポーランドでは独立自主管理労働組合「連帯」議長レフ・ワレサ、ルーマニアではトランシルバニア地方のチミシュアラ市キリスト教改革派教会ラスロ・テケシュ牧師といった具合だ。そして民主化を願う国民はそのリーダーのもとで結束し、共産党政権と戦っていったわけだ。

ライースィー大統領、新学期祝賀会で「イランの学生の約60%は女性であり、多くの女性は科学分野で貢献している」と語る(2022年10月8日、IRNA通信)

それではイランで現在進行中のイスラム聖職者政権への抗議デモ運動では誰がリーダーだろうか。22歳のクルド系女性マーサー・アミニさん(MahsaAmini)が先月13日、宗教警察官にスカーフから髪がはみ出しているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれ、同月16日に死亡が確認された事件は、今回の抗議デモの契機となったことは明かだ。イランの80カ所以上の都市でアミニ事件に抗議するデモが行われている。国際人権団体によると、これまでに抗議デモで150人以上が死去、数百人が負傷、1000人以上が逮捕されている。

イランでは過去、イスラム聖職者支配体制に抗議するデモはあった。2009年にはアハマディネジャド大統領の選挙不正に抗議する大規模なデモが行われ、300万人がデモに参加したが、抗議デモはテヘランなど限られた場所で起き、警察当局に鎮圧された。今回は抗議デモがアミニさんの出身地クルド系地域だけではなく、イラン全土で起きている。避暑地でも女性たちの抗議デモが起きたというニュースが流れてきた。

抗議デモには若い女性たちだけではなく、男性も参加している。2日夜、テヘランのシャリフ大学の学生と治安部隊が衝突。治安当局はキャンパスを封鎖している。独週刊誌シュピーゲル(10月1日号)は「今回は違う」というタイトルの記事を掲載しているほどだ。強硬派のライースィー大統領は抗議デモをしているテヘランの大学を訪問し、学生たちを説得しようとしたが、彼らから「ライースィー、消え失せろ」と罵声を受けている。

イランでは、多くの若者がイラン全土で抗議デモに参加しているが、それをまとめ主導する人物が不在であることに気が付く。中国共産党政権に弾圧されたが、香港では学生指導者が民主化運動を先導した。象徴的であったとしても、民主化の顔になる人物、リーダー的存在が欠かせない。イランの場合、敢えていえば、女性たちだ。ただ、都市を超え、イラン全土で抗議デモを主導できる、発言力のある女性はまだ出てきていないのが現状だ。

参考までに、イランにも反体制派グループがいる。彼らは久しくテヘランから追放されている。例えば、在米のイラン反体制派組織、国民抵抗評議会(NCRI)だ。2002年にイランの核開発計画を暴露して世界の注目を浴びたことがある。

一方、イラン聖職者支配政権はアミニ事件後の抗議デモに神経質になっている。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は3日、「わが国を混乱させている抗議デモを煽っているのは米国とイスラエル、そして海外に住むイランの反体制派によるものだ。アミニさんの死亡には胸を痛めているが、コーラン(イスラム教の聖典)を燃やし、モスク(イスラム礼拝所)や集会所などに火を放つなどの暴動は正常ではない。米国やイスラエルなどが画策したものだ」と主張した。

それを受け、イラン軍、革命防衛隊、警察の司令官は7日、ハメネイ師宛ての共同書簡の中で、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばしている。イラン学生通信(ISNA通信社)が報じた。

ちなみに、抗議デモの契機となったアミニ事件を調査してきた国立法医学研究所はアミニさんの死因について、「警察側の暴力はなかった。アミニさんが子供の時から患っていた甲状腺症患が心不全を犯した結果」という検査内容を明らかにしている(アミニさんの両親は「彼女は健康だった」と述べ、法医学研究所の診断を嘘と批判している)。現政権は国を挙げて、今回の抗議デモの火消しに乗り出しているわけだ。

ホメイニ師が亡命先のパリからイランに帰国し、イスラム革命(1978~79年)を主導して既に40年以上が経過した。革命後生まれのイラン国民はイスラム聖職者支配体制の現政権に不満が溜まっている。30歳以下の若年者の失業率は30%にもなる。米国の対イラン制裁の影響もあって、国民の日常生活は厳しい。

通貨リアルは制裁の影響で価値を失い、国民は必要な薬を買うのも大変だ。「パーレビ王政時代の方がよかった」という声すら聞かれる。石油輸出国機構(OPEC)の加盟国であり、世界的原油生産国だが、イラン国民は経済的恩恵を受けていない。

看過できない点は、イスラム寺院で行われる金曜礼拝に参加する国民は5%以下だということだ。パーレビ王政時代でも国民の半分は金曜礼拝に参加していた。イラン社会の世俗化は予想以上に急テンポで進んできているわけだ。

最高指導者ハメネイ師は1989年から現在の地位にあり、既に83歳で、健康に問題があるといわれていることから、ハメネイ師の後継者問題が政権内で大きなテーマとなっている。後継者候補としては、ハメネイ師の息子のほか、ライースィー大統領らの名前が挙がっている。イランがハメネイ師後の新しい時代を迎えようとしている時にアミニ事件が起きたことになる。

イランのハメネイ師とライースィー大統領 Wikipediaより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。