がん対策基本法に魂を

中村 祐輔

本題に入る前に、病腎移植で話題になった宇和島徳洲会病院の万波誠医師が亡くなられたニュースに接して悲しくなった。患者さんとの間に金銭授受があったと騒がれたが、目の前の患者さんを助けたいという純粋な気持ちから始めたものだった。

私は当時の徳洲会幹部に金銭授受がないことを確認して、万波医師の応援に回った。すべてのメディアが「悪人・万波」を糾弾していた中での応援だったので、私もボロクソに叩かれた。今では、「病腎移植」は先進医療として進められている。ドナーの数が限られている日本では重要な試みであった。学会や権威が正しく、一介の医師は悪いという何も考えないメディアの大誤報だった。腎臓の提供をしていた二人の医師にもお会いしたが、「医師として尊敬に値する」人たちだった。

中央から、大学からしか、医療を変えることができないと信じている人たちが、この国の道を誤らせている。真剣に患者さんの声を聴き、目の前の患者さんを救いたいという思う気持ちがあって初めて、医療をよくすることができるのだ。万波誠先生のご冥福を心からお祈りしたい。

がん対策基本法に魂を!

マサチュウセッツ工科大学のブロード研究所、ハーバード大学のダナ-ファーバーがん研究所、セントジュード小児研究病院の3機関が共同で小児がん研究に取り組むことが発表された。合計で5年間6千万ドル(約88億円)の投資になるそうだ。もちろん、多くの製薬企業も一緒に取り組むことになるだろう。

日本の小児がんは年間3000人前後である。白血病やリンパ腫などは薬物療法が効いて、がんを治すことが可能になってきている。他のがんでもかつて治癒できなかったがんを治癒させることができるようになってきた。しかし、小児がんサバイバーの平均寿命は50歳前後であり、80歳を超えている日本人の平均寿命から考えると課題は大きい。

成長期に抗がん剤などの強い治療を受けると、DNAに対する損傷は残るだろうし、別のがんのリスクも高まる。DNAの損傷によって老化現象が進むことが、いわゆる生活習慣病を若年で発症することにつながるのだろう。米国では治せない小児がんを治すことと並行して、がんが治った子供たちへの対策も練られている。栄養学的なアプローチは必要だが、残念ながら、日本ではそのような観点での研究が活発でない。

成人のがんでも、治療中・治癒後のがん患者が、がんの診断を受ける前と同じように仕事を続けることができるとは限らない。他の病気でもそうだが、社会全体が治療中の患者さんや治癒しても後遺症などで苦闘している患者さんに対して理解あるとは言えない。

外見上明らかな外傷などを除き、目に見えない辛さや痛みなどの症状は第3者に理解してもらえないことは少なくないし、わかっていても仕事のやりくりの都合で職場で軋轢を生むじたいとなる。自分の仕事に精一杯だと、どうしても100%で働けない人には冷たい視線が向けられる結果となる。悲しいが、社会全体として取り組みができていない状況では大きな改善は期待できない。

がん対策基本法が策定されてから、・‥か年計画は立てられてはいるが、どこまで魂がこもっているのか、はなはだ疑問だ。がん研究だけでなく、日本の科学は全体として大きく地盤沈下だ。全体の戦略もなく、評価も予算配分もいい加減だから、ますます悪化する。

今週発表された世界大学ランキングで200位内の大学は東京大学(39位)と京都大学(68位)の2校だけだ。中国は100位以内でも精華大学(16位)、北京大学(17位)、香港大学(31位)、香港中文大学(45位)、復旦大学(51位)、上海交通大学(52位)、香港工科大学(58位)、浙江大学(67位)、中国科学技術大学(74位)、香港理工大学(79位)、南京大学(95位)、香港城市大学(99位)の12大学が入っており、韓国も100位以内に3校入っている。

日本の科学技術政策の失敗が見事に反映されている。もはや、米中に大きく後れを取るどころか、韓国よりも下位に位置している。これが世界の厳しい現実だ。

官僚は自分の先輩の非を認めないし、政治家の大半は勉強しないので、官僚にまともな指示ができない。研究者も利権を守ることが最優先だ。かつて、できる限り不満を最小にするのが、役所の仕事だと言っていた人がいたが、評価をする人間を育成してこなかった日本の綻びがここにきて顕在化している。今日を生きていけばいい人たちが、日本の将来を危うくしている。

コロナ感染症のmRNAワクチンで大成功したモデルナ社はメルク社と組んでがんネオアンチゲン療法を進めようとしている。アマゾン社もフッレド・ハッチンソン研究所とネオアンチゲン療法を始める。日本の全ゲノム解析委員会では、私がいくら叫んでも、ネオアンチゲン療法は無視される。

がん対策基本法の原点に立ち返って、患者目線でしっかりとした施策を練らないと、日本のがん患者が韓国や中国に救いを求める日も遠くない。これでいいのか、日本の医療は?

cyano66/iStock


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年10月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。