安全保障戦略を考える為に:桜林美佐『危機迫る日本の防衛産業』

新たな防衛三文書「国家安全保障戦略」「防衛大綱」「中期防衛力整備計画(中期防)」が年末までに策定されます。

これはロシアによるウクライナ侵略という安全保障の前提条件をゆるがす環境変化に「わが国はいかに対応するのか」という大方針を示すものになるはずなので注目です。

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今回の改定作業には次のような具体的論点が豊富にあります。

第一に「(米国の)核抑止力とわが国の防衛戦略」という包括的なテーマ。
第二に「GDP比2%を念頭に」という規模的(量的)なテーマ。
第三に「敵基地反撃能力など、必要とされる能力の認識と確保」という戦略的(質的)なテーマ。

現在開かれている第210回臨時国会でも、これらのテーマに関して政府と野党の間で大いに議論されることでしょう。しかしその議論の意義を適正妥当に理解できる国民は少数派ではないかと考えます。

例えば、「中期防とその達成状況」などを確認している国民は極めて少ないのではないでしょうか。少し厳しい言い方をすると、知識不足を一つの理由として、(私も含めて)国民の多くには「防衛三文書」を理解する「読解力」が備わっておりません。

その読解力を支える知識をかなりわかりやすく供給してくれるのが、今回注目する『危機迫る日本の防衛産業』です。

同書は月刊誌『丸』連載の『誰も知らないニッポンの防衛産業』が書籍化されたものです。著者桜林美佐氏は、防衛問題に詳しいジャーナリストで、数々の良書を執筆しております。

 

「海をひらく 知られざる掃海部隊」がひらく、知られざる日本の盲点
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同書では、「防衛予算」という日頃から金額ばかりに光が当てられるテーマの実態に加えて、「防衛産業」「防衛装備品」など、日常的にはほとんど報道されない重要テーマもとりあげて、予備知識の少ない人にも読解可能な文章で国防上の深刻な問題点を説明しています。

たとえば「こくふり」という単語をご存知でしょうか。その単語が指し示す実態を説明する一節を少し長めに参照します。

誤解ばかりの防衛予算と「こくふり」(同書P75~)

「何こくですか?」の意味
よく装備品の話をする際に「あれは二こくかな」「五こくだよ」などという言葉が出てくる。「こく」というのは国庫債務負担行為を示している。装備品の支払いを二年かけて行えば「二こく」、三年なら「三こく」と通称する。(以下略)

新たな概念「こくふり」
支払いを何年もかけて行うのは装備品の完成までに年月を要するからと述べたが、最近はそれに当てはまらない場合が増えているらしい。例えば防護マスクや防護衣が「四こく」になり、航空機などと同じになっているというのだ。これらの物品製造に四年もかかるはずがない。この他にも「二こく」が「三こく」に、さらに「四こく」にと、「こく」が増えている装備品が次々に出てきているという。

「こくふり」と呼ばれるこの現象は、防衛省・自衛隊の後年度負担がいかに厳しい状況に陥っているかを示すものだろう。企業はそのあおりを受けていると言える。(中略)「防衛調達長期契約法」により分割払いできる期間がこれまでの五年から一〇年まで延びている。(中略)支払いの先延ばしは企業にとってみれば痛手以外の何ものでもない。

「中期防」を読む際に必要な読解力
予算関連の文書には多くのトリックやトラップが散りばめられている。象徴的なのは(中略)中期防で二七兆四七〇〇億円が計上されているにもかかわらず(中略)「予算では二五兆五〇〇〇億円ほどにする」と書かれていることだ。つまり実際には発表された額より二兆円マイナスされた金額にしなければならないということなのだ。(中略)節約しなくてはならない二兆円をはじき出す手段の一つとして、河野太郎防衛大臣(当時)はオークションを発案したのだ。

如何でしょう。「こくふり」とは要するに「分割先延ばし(≒「リボ払い」)」であり、それを高額装備品だけでなく“日用品”レベルにまで適用して凌いでいる状況です。これらを読めば一般国民にも問題点の所在と深刻さが想像できるでしょう。

要するに、防衛省・自衛隊側では、国防上必要な最小限度の予算も確保できず、支払いを分割で先延ばしにしたり、必要な部品の調達もできないので“共食い”整備したりして、一時凌ぎしているのが実態のようなのです。これは自衛隊への拘束が強すぎるあまり、継戦能力の基礎体力である防衛産業をも弱めてしまい、「国防力を自ら弱める」という自傷行為を起こしていることが伺われます。

このことは表面的な予算不足を示しているだけではありません。問題の背景にある「自衛隊の存在意義を国民がどう認識しているのか」という問題と、さらには「国防に関する日本のバランス感覚の歪み」をも示唆していると考えます。

岸田総理の国会答弁が皮相的であることも理解可能

今国会では、国防に関する重要な論戦も始まっております。そのなかで岸田総理は各党代表質問に対しても表面的な“官僚答弁”に終始しておりますが、前述の自衛隊の“リボ払い”状態を知っていれば、総理の回答がいかに皮相的であるかも理解できるようになります。

例えば国民民主党の玉木代表と岸田総理の間で、次のような質疑が展開されました。

玉木代表:
わが国の継戦能力、有事の際に組織的な戦いを継続できる能力は、どの程度、わが国にはありますか。また、防衛省による調査で全装備品のうち、足元で稼働するのは5割余りしかなく、稼働していない5割弱の半分が整備中、残りは修理に必要な部品や予算がない、整備待ちという報道もあります。これは事実でしょうか。

国民民主党玉木雄一郎代表質問(第210回臨時国会:衆議院本会議)

岸田総理回答(要旨):
継戦能力・装備品の稼働数は、は、必ずしも十分ではない。「十分な数量の弾薬の確保」・「装備品の稼働数の増加」といった取り組みは重要と認識している。

岸田総理答弁(要旨 第210回臨時国会、玉木代表20の質問への回答)

「必ずしも十分でない」との表現は実態を踏まえておらず、「不十分であり極めて厳しい状況である」という認識が妥当ではないでしょうか。今後は「ではどうするのか」について更に議論を深堀りして頂きたいと考えます。

現状「GDP比1%」の防衛予算を今後数年で「2%」に倍増する対応に関して国民に理解を求めるならば、この説明もまた極めて不十分と言えるでしょう。

むすび

現在欧州で起きている戦争では、通常兵器による戦いがいまだに重要であり、現代の戦いにおいても「兵站(武器弾薬・装備品の備蓄・補給他)能力」も戦況を左右していることが一目瞭然です。その基礎体力である「防衛産業」のおかれた状況を、国民がただしく認識・理解することは防衛力整備のための基盤となります。

今回注目した『危機迫る日本の防衛産業』は、紹介したパート以外にも深刻な問題点を数多く炙り出しております。わかりやすい文章で危機の本質までついており、防衛産業をめぐるわが国の現状を広く国民に認識してもらう入門書にも最適です。同書が国民に広く読まれることを期待いたします。