暴言明石市長の政治に未熟な勘違い

任期後の引退を表明した泉房穂・明石市市長
NHKより

明石市の泉房穂市長が、10月8日に開催された同市内の小学校の創立記念式典会場で、同席した市議に「(問責決議案に)賛成したら許さんからな」、「次の選挙で落としてやる」などと暴言を吐いた責任を取り、政治家引退を表明した(神戸新聞NEXT、2022年10月14日)。

引退表明の明石・泉市長、決断までの5日間 ツイッター更新せず、冷静さ取り戻し「辞めるしか」
 兵庫県明石市議らに暴言を浴びせた責任を取り、来年4月の任期満了をもって政治家を引退すると表明した泉房穂明石市長(59)。今月8日の暴言騒動から12日の退任表明

「許さん」「落としてやる」などいうのは、社会通念上からも容認できない発言はであるが、さらに問題なのは政治家としての泉氏が地方自治の基本をよく理解していない点である。

破廉恥な言葉を投げかけるのは、一般的に相手が自分よりも下の地位にある場合だ。実際、出直し選挙になった2019年、部下にあたる市職員に、「火を付けて捕まってこい。燃やしてしまえ」などと、30分もの間罵詈雑言を浴びせている(AERA dot. 2019年1月30日)。

東大出身で弁護士だった明石市長「火つけてこい」暴言30分【全文公開】 | AERA dot. (アエラドット)
道路の拡幅工事を巡り、土地建物の立ち退き交渉を担当した職員に「火付けてこい」などと暴言を浴びせ、1月29日に謝罪会見に追い込まれた兵庫県明石市の泉房穂市長(55)。

市議に対しても、これまでの言動から、同氏がかれらを一段下にみていることは確かである。だが、市議会議員と首長の地位に上も下もない。市議たちは泉氏の部下ではない。

地方自治体では二元代表制が採用され、首長と議会議員、それぞれ同じ有権者から選出される。役割や権限に違いはあるものの、両者の地位は対等であり、ともに住民の代表である。首長は「当該自治体を統括し、代表する」(地方自治法第147条)が、これは行政(執行機関)の長という地位を示しており、議会との上下関係を表すものではない。その点で、市議に対する泉氏の暴言は、パワハラではなく、脅迫であり、かれらに投票した有権者を侮辱する行為だ。

泉氏の怒りは、自民・公明市議による問責決議案に端を発している。問責理由は、市の金券配布事業や議員提出の工場緑地面積率変更条例案などに対する泉氏の「議会制民主主義の否定」、「独裁的な行為」の責任を問うためだという(神戸新聞NEXT、2022年10月22日)。

明石市長への問責決議可決 市会賛成多数「異論排除の言動、危険で不適切」
 兵庫県の明石市議会は12日、本会議を開き、「相反する考えを排除する言動が危険で不適切」とする泉房穂市長への問責決議案を賛成多数で可決した。 自民党真誠会と公明

対する泉氏は、「市政運営を一生懸命やっているのに『なにが問責やねん』」(神戸新聞NEXT、2022年10月8日)と、激しい苛立ちと怒りを顕にした。

明石・泉市長、問責「賛成したら許さん」「次の選挙で落とす」決議案巡り市議らに発言
 兵庫県明石市の泉房穂市長(59)が8日、自身への問責決議案提出を予定する同市議会の会派の議員らに対し、「賛成したら許さんからな」「次の選挙で落としてやる」など

しかし、泉氏の怒りは無知な八つ当たりにすぎない。というのも、議会の重要な役割の一つが首長とその執行機関である行政の監視であり、問責決議は市議たちが自らの権限を行使する正当な行為だからである。

不信任決議が当該首長の10日以内の辞職もしくは議会の解散という法的拘束力(地方自治法第178条)を持つのに対し、問責決議に拘束力はない。首長と議会の対立は言わば二元代表制の「宿命」だ。

わけても、先進的な首長と旧態依然の議会の間で起こりがちで、問責決議は議会軽視も厭わない首長の行動力に不満を募らせた議会旧守派の鬱憤晴らしといったところだ。自らの市政運営に絶大な自信を持つ泉市長は、問責決議はやり手首長の「勲章」とでも考えて、意に介さず、見過ごせばよかったのである。

にもかかわらず暴言で相手を威嚇したのは、それだけ怒りが強かった、あるいは市民のために一生懸命だから、といった理由を挙げる向きもあろう。

しかし、私は泉氏の権力者としての驕りにあったと推測する。2011年の初当選以来、きめ細かな子育て支援、性的少数者の権利擁護など自治体政策の新機軸を開拓し、有権者の支持も厚いうえ、その手腕は全国的な注目を集めてきた。しかも、2019年の出直し選挙では、批判をかわして、対立候補に圧勝した。こうしたなかで、泉氏は己の力を過信し、自分をまるで全能者のように思い込むようになったのではないか。全能者の自分は何をしても許されるとでも思っていたのであろう。

しかし、その思い込みは錯覚であり、勘違いも甚だしい。泉氏の権能は行政の長としてのそれであり、全人格を網羅する類のものではない。そして、権力を有するものはその行使に抑制的でなければならないはずだ。泉氏がなすべきことは、恫喝ではなく、粘り強い議論と交渉で戦う民主主義の政治であった。脅して従わせるのでは、北朝鮮やロシア、中国の独裁者と変わらない。

それにしても、ネット上では泉氏に同情し、問責決議案を提出した自民・公明市議を咎めるような論調が少なからず散見される。素晴らしい(と言われている)市政を行っているから、市議たちは足を引っ張っているだけだからといって、泉氏の暴言が不問に付されてよいのか。それを許せば、極端な話、業績を上げた(と考えられている)人物ならレイプや殺人さえも許され、役に立たない人間は被害に遭っても仕方がないということになる。

泉氏が何を達成しようと、また被害者が何者であろうとも、泉氏の暴言は許されない。職員や業者など周囲の関係者に数々の暴言を繰り返してきたことを考慮すると、政治家引退は当然である。