Netflixの広告付きプランが秘める破壊力

Netflix。言わずと知れたストリーミングによる動画配信の王者で、広告が入らないのがウリでしたが、ついに来月から広告ありの「Basic with Ads」というプランが日本を含む世界12カ国で登場します。

この背景には、これまではNetflixは無敵の存在でしたが、豊富なコンテンツを持つDisney+が激しく追い上げていて、有料会員数では僅かに逆転を許しているようです。加えて2四半期連続の会員数減少もあって、株価も今年に入って約3分の2値下がりしているので「広告は入れない」としてきた方針が撤回された、という見方が一般的なようです。

しかし、これについての解説を検索していて意表をつかれる解説に出会いました。東洋経済オンラインにあった経済評論家鈴木貴博さんの「Netflix『広告付き新プラン』が破壊的で怖すぎる訳」という論考です。

サブタイトルが「月額790円の『羊の皮をかぶった狼』がやってきた」と刺激的。思わずメモを取りました。

その主旨は、「コンテンツを配信するよりも広告を配信したほうがはるかにビジネスとして儲かる」ということです。

まず広告付きは790円で、現在のプランで一番安い「広告なしベーシック」の990円より200円安い。それだけじゃなく、私のような(?)真面目な日本人は家人と別画面で同時視聴が出来るようにアカウントが2つになる1490円のスタンダード契約の人も少なくない。

その人たちも「半値プランなら、この際、広告付きに」と相当数が乗り換える可能性もある。大丈夫か? ところが鈴木氏によれば「それこそNetflixにとっては歓迎すべき状況」だろうと言うのです。

どういうことか。今の地上波テレビ放送が全受像器に向けて同じ広告を流しているのに対し、ストリーミングでは視聴している個々人に向けて、それに相応しい異なる広告を流せる強みがあるからです。「それに相応しい」とは、コンピューターを使う人なら誰でも経験があるでしょうが、何かを検索すると、その検索に関わりのある広告が繰り返し表示されるアレと同じことです。

そんなことをNetflix が公言してるわけではありません。若者に人気のSnapから転じて広告担当副社長になったJeremy Gorman氏はこう言ってます

生年月日と性別をサインアップ時に収集し、より関連性の高い広告が出るようにする予定はある。しかし、発売当初はこのデータを広告のターゲティングには使用しない。一方、マイクロソフトのようなパートナーは、ネットフリックスの広告をサポートするためにのみ、この情報を使用することができる。

プライバシーに配慮してのスタートなのでしょう。しかし、今日、Netflix のサイトを見ると10月18日(火)付けのNewsroomに「プロファイル転送を使用すると、変化の時代でも Netflix エクスペリエンスを一定に保つ」という見出しが追加され具体的にこうあります

人は動く。家族は成長します。関係は終了します。しかし、これらの人生の変化を通して、あなたのNetflix体験は変わらないはずです. 本日、私たちはプロファイル転送を開始します。これは、あなたのアカウントを使用しているユーザーが自分のメンバーシップを開始するときにプロファイルを転送できる機能です。パーソナライズされたおすすめ、閲覧履歴、マイリスト、保存したゲーム、およびその他の設定を保持します。

つまり、個々人の視聴歴などは全部、Netflix で保存してます、ということですね。これをもとに総合的に分析すればいつでも視聴者に相応しい広告を出せるということでしょう。これこそターゲティング広告の極地かも。

この先行きを好感してかADWeekによれば、「何百もの広告主が決まって、在庫はほとんどない」とのことです。そして、先のGorman氏の発言にあるように「パートナーを組んだマイクロソフトの技術的協力」があれば、ターゲティング広告への移行も容易なことでしょう。

鈴木氏は、それに止まらず、Netflixとマイクロシフト連合は、全ての分野でターゲティング広告を支配するかもしれないと見ているようです。それが、「広告付きプランが破壊的で怖すぎる」という見出しの意味です。

もちろん、「Netflix・MS連合」だけで世の中がひっくり返るわけではないでしょうが、NielsenのThe Gaugeによれば、今年8月の段階で、米国での動画コンテンツの視聴時間はストリーミングが35%を占め、テレビ放送の22.1%を大きく超え、ケーブルテレビの34.5%をも上回る存在になっていることを踏まえれば、そうした時代はそう遠くないかもしれません。

 

思えば、ネット広告費が初めてテレビ広告費を上回ったのが2019年、テレビなどメディア4媒体の総計を2年後に上回り、広告費全体の40%に達していて、その破壊力は予想を超えてきました。

そして蛇足的に付け加えれば、私がこの「アガフィのタイガ生活」というネットメディアVice制作のストリーミングの先駆けドキュメンタリーをスマホで見て感動したのは2015年のことでした。当時は、ネット広告がテレビ広告を凌ぐなんて夢にも思いませんでした。たった7年前のことですが。


編集部より:この記事は島田範正氏のブログ「島田範正のIT徒然ーデジタル社会の落ち穂拾い」2022年10月18日の記事より転載させていただきました。