開放型スプリンクラーの恐怖 :消火設備により発生した甚大な被害

牧 功三

報道によると9月24日の午後1時頃、静岡県裾野市の市民文化センター大ホールで舞台の天井部に設置されたスプリンクラーが突然作動し放水を始めた。舞台上で1時間後のコンサートに向けて準備を進めていた「シンフォニエッタ静岡」の関係者約60人が不幸にも被害にあってしまった。

エラー|NHK NEWS WEB

そのうち1人が肩を骨折し4人が滑って軽傷、さらにオーケストラと演奏家にとって命とも言える楽器(弦楽器、管楽器、打楽器)および楽譜など合わせて100点以上が破損してしまった。加えて裾野市が所有するピアノおよび舞台上の設備の修理にも多額の費用がかかるとみられている。被害総額は数億円規模になるとも言われている。

原因は不明で事件・事故の両面で調査中である。建物を火災から守り人命や資産を守ってくれるはずの消火設備の作動により甚大な被害を受けてしまったが、なぜこんなことが起こってしまったのだろうか。

開放型スプリンクラーとは?

開放型スプリンクラー

この建物の舞台部に設置されていたの設備は開放型スプリンクラーと呼ばれるものである。常に開放された状態であるスプリンクラーヘッドが天井付近にいくつか設置され、消火ポンプから一斉開放弁までは常に加圧された水が充満してあり、一斉開放弁から開放型スプリンクラーヘッドまでは空配管になっている。

手動起動のタイプと自動起動のタイプがあるが、この建物に設置されていたのは手動起動タイプである。火災時に建物の防災要員が手動起動装置の場所にかけつけて手動でバルブを操作することによって一斉開放弁を開放すると、配管につながっている全ての開放型スプリンクラーヘッドから一斉に放水がされる。

一方、自動起動タイプでは、手動起動タイプに加えて自動火災報知設備の感知器が設置される。火災時は、自動火災報知設備の感知器が作動し、その信号で自動的に一斉開放弁が開放し、配管につながっている全ての開放型スプリンクラーヘッドから一斉に放水される。また自動起動タイプにおいても手動起動装置や制御盤から一斉開放弁を開放することにより放水することができる。

国外ではこの設備はウォータースプレイ設備あるいはデリュージスプリンクラー設備と呼ばれ、石油化学プラント等の屋外に設置される生産機器や油入り変圧器の消火設備としてよく使われる。

NFPA (National Fire Protection Association:米国防火協会)がこの設備の技術基準 NFPA15 (Standard for Water Spray Fixed Systems:固定式ウォータースプレイ設備の技術基準)を出しているが、そこにはこの設備を使用して防護するべき対象について以下の5つを挙げている。

  1. 可燃性ガスおよび液体
  2. 変圧器、油入りスイッチ、モーター、ケーブルトレイ、ケーブル
  3. 紙、木、繊維などの一般可燃物
  4. 花火や火薬類等の固体危険物
  5. 可燃性ガスおよび液体の雰囲気

筆者が知るかぎり、国外においてこの設備は劇場やホールの舞台部の消火設備として使用されるものではない。また、この設備は誤作動等で大量の水がかかっても問題がないところや屋外に設置されるものであり、屋内で放水による被害が心配される場所に設置されることはない。

この設備が実際の火災においてどのくらい有効に機能するかというデータは見つからなかったが、過去に国外の大手石油会社の方が言われていたのは自動起動の設備で50-60%程度とのことである。手動起動であればさらに低いものと思われる。

一般にスプリンクラーと言えば閉鎖型

一般にスプリンクラーと言えば閉鎖型スプリンクラーのことである。開放型スプリンクラーとの主な違いは、①消火ポンプから閉鎖型スプリンクラーヘッドまで常に加圧された水が充満している、②自動起動のみ、③一斉開放弁ではなくアラーム弁が設置される、④スプリンクラーヘッドに感熱部があり火災の熱によってヘッドが1つずつ開放して放水されることである。

重要な点として閉鎖型スプリンクラーにおいては火災が拡大した範囲にのみ放水され、開放型のように瞬時に広い範囲に放水されることはない。また開放型と違って手動起動ができないため誤操作や悪意のある操作により放水されることはない。さらに弁あるいは感知器の故障により放水されることはない。よって開放型よりはるかに水損のリスクが低い設備と考えられる。

しかし過去の震災において、閉鎖型スプリンクラー設備のうち湿式および乾式スプリンクラー設備の配管やスプリンクラーヘッドが破損して水損が発生したケースが多くみられた(アメリカでは消火配管に対して厳しい耐震対策が要求される)。震災の際の漏水が心配であれば予作動式スプリンクラー設備という漏水リスクが低いタイプもある。

アメリカの最新の統計(2015~2019)によると、閉鎖型スプリンクラーは火災における有効性が高くその有効性は88%としている。そのうち湿式スプリンクラーは89%で、乾式スプリンクラー(予作動式スプリンクラーを含む)は82%である。劇場やホールなどの集会場に限定するとその有効性は82%であり、そのうち湿式スプリンクラーは85%となっている(乾式スプリンクラーのデータはなし)。

なぜ消火設備による被害が頻発するのか?

一昨年と昨年に機械式駐車場における全域放出型二酸化炭素消火設備の誤作動による死傷事故が計3件発生して7人の方が亡くなられたが、そもそもこういった危険な消火設備を機械式駐車場に設置しているのは日本だけである。本来設置するべきでない設備を設置していたために発生した事故と言える。

かなりの時間をかけて国や自治体等の資料を調べたところ、驚くことに機械式駐車場においてこの設備によって消火に成功したという事例を1件も見つけられなかった。この設備が設置されていたにもかかわらず作動せず消火に失敗したという事例を1件見つけられたのみである。この設備が機械式駐車場においてどのくらい有効に機能したかというデータはおそらく存在しないのではないか。

今回も同様で、原因となった開放型スプリンクラー設備を劇場やホール等の舞台部に設置しているのは日本だけである。この設備は閉鎖型スプリンクラーと比べて建物内における水損のリスクが非常に高い。筆者は15年くらい前からこの設備を建物内に設置することについて大いに疑問に思っており、いつか今回のような大きな被害につながるのではないかと危惧していた。

今回のケースでは、閉鎖型スプリンクラーと比べて、実際の火災では役に立つ可能性が低い設備によって多大な被害がもたらされてしまったのではないか。

しかし、この設備は日本の消防法に則って設置されたものであり、日本の消防法が間違っているはずはないと思われる方も多いかもしれないが、そもそも何でこの設備が消防法で要求されるようになったのか疑問である。

消火設備はどうやって決められるべきか?

消火設備が必要かどうかを判断する際には、①火災の際に有効に機能して人命および資産などの経済的損害のリスクを下げる、②誤作動などによる人命や経済的損害のリスクが低く、③設置と維持管理にかかるコストが十分に低いの3つの条件を満たすように決められるべきである。

設備が実際の火災の際に役に立たないのでは意味がない。今回のような目的外の動作により被害をもたらすのでは意味がない。また設置や維持管理に費用がかかりすぎては建物所有者の負担が大きくなってしまう。

消火設備の必要性は、この3つの条件を満たすように、可能であれば定量的評価により決められるべきである。

NFPA (National Fire Protection Association:米国防火協会)

消火設備は、他のあらゆる機械設備と同様に、100%の確率で有効に機能させることはできない。また誤作動や悪意のある作動をゼロにすることもできない。実際に設置された設備がどのくらい有効に機能したのか、誤作動等の問題はないのかという検証を長い年月をかけて積み上げて改善を重ねることによって設備が有効かつ問題が少ないものとなっていく。

そのためには経験が必要であり、そういった意味で、防火の世界で絶対的な信頼がおかれているのがNFPAの技術基準である。NFPAの技術基準は歴史が古くデータや検証に基づき科学的とされており世界中で使用されている。

アメリカでは全国の70%以上の消防署が参加する火災調査の仕組みがあり毎年3万件以上のデータを収集してスプリンクラーの有効性を検証している。この検証は少なくとも数十年以上も前から行われている。スプリンクラーが有効に機能しなかったケース(2015~2019年では12%)においてはその原因を詳細に分析している。設計、施工、維持管理を完璧に行えば火災に対して100%に近い有効性が実現できるというデータもある。

日本ではスプリンクラーの有効性や問題点を検証していない

日本では他国では実績がない独自とも言える基準で消火設備を設置しているが、今回の被害の原因となった劇場やホールの舞台部および高天井部に設置する開放型スプリンクラー設備がその一例である。

「防火のやり方は国ごとに違う」と正当化する関係者も多く、日本の防火技術の水準が低いはずがないと思われる方も多いかもしれない。しかし一番の問題は、独自の基準を採用した結果、設備が実際の火災でどのくらい有効に機能したかというデータがほとんどないことである。

日本はスプリンクラーの有効性のデータを全国規模で収集していない。東京消防庁がスプリンクラーの有効性を検証したデータをとって公表していたが2014~2019の6年間で計106件と年平均18件に過ぎず、アメリカと比べるとデータの件数が1/1,000以下である。ちなみにこのデータからスプリンクラーが有効であった割合を計算すると78.3% (83/106)となりアメリカの88%より低い値となっている。当然のことながらスプリンクラーが設置されている建物で火災が起きないとスプリンクラーの有効性は検証されない。

アメリカではNFPAがスプリンクラーの推定普及率のデータを定期的に出しており最新のデータ(2015~2019)によると戸建て住宅も含めた全建物における推定普及率が10%である。日本では1990年に自治省(当時)消防庁が出した全建物の推定普及率0.12%というデータがあるが最近はデータ公表していない。推定だが現在でもこの値はさほど増えておらず1%に遠く及ばないものと思われる。

アメリカのスプリンクラー設置数は推定で日本の百倍以上あり、今回のようなリスクがあれば顕在化しやすい。またNFPAの技術基準は3~5年毎に改定されるが、そのプロセスは透明性が高いとされている。非会員も含む防火関係者から広く改定案を受け付けており、改定案を技術委員会(Technical Committee)がどう扱ったか全て公開される。

日本のスプリンクラー設備は、アメリカほど問題点の抽出や改善が定期的かつ包括的に行われておらず、今回のようなリスクがあっても解消されていない可能性があるのではないか。

数年前に国内のある防消火設備メーカーの技術者にスプリンクラーの有効性の検証が重要だという話をしたところ、その方は「そんなことを気にしていたら何も新しいことができなくなる」という主旨のことを言われていた。

今回の被害の原因となった開放型スプリンクラーは1960年代に劇場やホール等の舞台部の消火設備として採用され、後に1996年に高天井の建物の消火設備にも設置されるようになっている。この設備をこういった建物に設置することについて、他国での実績もなく結果がどうなるか十分に検証されてないのではないか。国民の生命と財産を守るための設備であり慎重に決めるべきではなかったのか。

開放型スプリンクラーを設置するようになった経緯

消防法では、劇場やホールの舞台部、一定量以上の可燃物が存在して天井高が6mを超える部分、および可燃物の量によらず天井高が10mを超える部分に開放型スプリンクラーを要求している。この結論にいたった経緯について筆者は国(総務省消防庁)から以下の回答(要約)を得ている。

  1. 昭和33年2月の東京宝塚劇場火災等を踏まえ、劇場やホール等の舞台部について、天井面が高く幕類が多く垂れ下がっており延焼拡大が速いことを勘案して広範囲に放水する必要があると判断した。
  2. 1993~1994年に開催された「自動消火設備のあり方検討委員会」において、建物の天井高が高くなることによる標準型スプリンクラーヘッドと開放型スプリンクラーヘッドの感知・消火性能の比較・検討が行われた。A-6段火災模型 (A-6)およびA-12段火災模型 (A-12)を使用して実験を行ったが、その結果、標準型スプリンクラーヘッドを使用できるのはA-6では天井高10mまでA-12では天井高6mまでが妥当との結論にいたった。

国の回答に対する疑問

しかし、NFPAなどの国外の防火の常識からすると以下の①~⑤の理由で疑問である。

  1. NFPA13 (2019)では倉庫以外の76種類の建物用途の可燃性をLight (16種類)、 Ordinary Hazard Group 1 – OH1(11種類)、 Ordinary Hazard Group 2 – OH2(30種類)、 Extra Hazard Group 1 – EH1(10種類)、 Extra Hazard Group 2 – EH2(9種類)の5つのカテゴリーに分類している。劇場やホールの舞台部については可燃性が上から3番目のOH2とされており、特別に延焼拡大が速いという判断はされていない。
  2. 国外では、6mや10mはそもそも高天井ではない。米国の損保会社FM Globalによると、天井高さ3mまで標準型スプリンクラーにより火災を制御できるとしている。スプリンクラーの有効性を年間数万件といった規模で検証しているアメリカで天井高さについては問題となっておらずアメリカ以外の国でも問題となっていない。他国で全く問題となっていないことを検討する価値があるのか。NFPAや他国の事情を調べていればそもそもこの検討自体が不要であったのではないか。
  3. 国が言うところの「標準型」スプリンクラーとは水量(散水密度-散水面積)を固定したものである。NFPAでは防火対象(倉庫以外で5つのカテゴリーがある)の可燃性に合わせて標準型スプリンクラーの水量(散水密度-散水面積)を上げることによって対応している。国内消防法では、水量(散水密度-散水面積)を変えるという概念を採用していないが、この理由が不明である。
  4. 実際の建物において、天井高10m以上であっても可燃性がA-6より低いケースが考えられるがこの場合でも開放型スプリンクラーが要求されるのはなぜか。また天井高が6m以上であっても可燃性がA-12より低い場合、開放型スプリンクラーは要求されないという理解でいいのか。消防機関等が実際の建物内の可燃性を判断することは難しいと思われるが、現実には6mや10mといった天井高さのみによって判断がなされ開放型スプリンクラーが要求されることはないのか。
  5. 劇場やホール等の舞台部や高天井の建物において標準型スプリンクラーでは感知および作動が遅れるので開放型スプリンクラーでないと火災を制御できないという判断だと理解しているが、今回の建物に設置されていたのは「手動起動」の設備である。これは消防法施工令で30秒以内に手動起動弁を手動で開放できることを条件に認められている。しかし実際の火災においては手動起動に手間取って時間がかかってしまったり、放水による損害をおそれて躊躇してしまったり、危険がともなうため手動起動弁にアクセスできず手動起動ができないこともありうるのはないか。アメリカの最新のデータから、劇場やホール等の集会場における火災時の有効性が85%とされている標準型湿式スプリンクラーを否定して、明らかに有効性が劣る「手動起動」の開放型スプリンクラーを認めるのは矛盾しているのではないか。

日本の消火設備の闇

NFPAのスプリンクラー基準(NFPA13)は日本以外のほぼ全ての国で認められていると言っても過言ではない。国民の生命と財産を守るためには他国由来のものであろうが実績が十分で信頼できるものを使うのは当然のことである。

実は日本でも1960年以前はNFPAのスプリンクラー基準が使われていたが、1960年代に消防検定協会が設立されて以降、不可解な理由で使われなくなっている。以降は行政と設備業界が結託して、法規制を根拠として設備工事、検査(点検)、資格、講習などで関係者が利益を得ることを第一の目的とした「消防規制ビジネス」が横行しているのではないかと考えている。

データや実績にもとづいていないため、消火設備が実際の火災では役に立たなかったり、誤作動等により人が亡くなったり大切な財産が傷つけられたりしているのではないか。これが「誤解」だと言うのであれば、国は消防法に基づいて設置された消火設備が実際の火災において有効に機能していること、および設備の誤作動等による死傷および経済的被害のリスクが十分に低いことをデータや科学的根拠を示して説明するべきではないか。

ホールや高天井の建物に設置されている開放型スプリンクラーについて、報道されていないだけで小さな放水事例やニアミスはたくさん起きているものと思われる。また日本中の多くの建物に同様の設備が設置されている。工場等の大規模な事業所では今回と同等かそれ以上の経済的損害が発生する可能性があり、再発防止を急ぐべきではないか。

牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者