独週刊誌シュピーゲル10月29日号は「ロシアのプーチン大統領がウクライナ戦争で核兵器を投入するか」について特集していた。そして人類の終末を象徴的に表示した終末時計(Doomsday Clock)が「0時まで残り100秒」という見出しを付けていた。終末時計は, 米国の原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)が毎年、発表しているものだ。同会報は今年1月21日、核戦争などによる人類の終末を2021年と同様、最短時間の「残り100秒」という。
第2次世界大戦終了直後の1947年の終末時計は「まだ7分」だったが、2022年現在、「1分40秒」と文字通り、差し迫ってきているわけだ。ただし、終末時計の発表は1月21日だ。プーチン大統領が2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻する前だ。残念ながら、ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、その悲観的な予測「残り100秒」は今日、益々現実味を帯びてきているのだ。
冷戦終焉直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、ロシア軍がウクライナに侵攻した後、プーチン大統領はウクライナに軍事支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国に向かって、「必要ならば核兵器の使用を辞さない」と強調し、核兵器の先制攻撃を示唆したことから、核兵器がにわかに「使用可能な兵器」と見直されてきている。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は6月16月、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している(「イランは10番目の核保有国目指すか」2022年6月14日参考)。
ロシアのウクライナ戦争勃発前までは、核兵器関連の軍縮の動きで一定の進展があった。例えば、世界の90%の核兵器を所有する米国とロシア両国は2月3日、米ロが配備する戦略核弾頭の数を制限し、相互の核兵器の検証や査察の条件を定める新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長を決めた。そして核の安定を維持するために米ロ軍備管理等に関する2つのワーキング・グループが設置されることになった。
そのポジティブな進展はロシア軍のウクライナ侵略で後退。中国・ロシア・米国の3国は極超音速ミサイルや核兵器の近代化を推進するなど、新たな軍備競争を開始している。また、北朝鮮は,核兵器が搭載可能な短距離、中距離ミサイルの実験を繰り返し、7回目の核実験は近いと受け取られ出している。
参考までに、ウクライナ戦争の場合、ロシアの核兵器だけではない。欧州最大の原発の安全問題がある。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、「ウクライナの原発は非常に危険な状況にある。事故が生じればチェルノブイリ原発事故(1986年4月)より大きな被害が欧州、世界全土に広がる」と警告を発してきた。プーチン大統領はここにきてウクライナ軍が“汚い爆弾”を使用する危険性があると強調し、欧米諸国を恐れさすパウロパガンダを展開させている。
(ザポリージャ原発は6基のVVER-1000を有する欧州最大の原発。ただし、6号機以外は設計寿命が既に経過している。西側の技術が投入され、事故防止策は一応取られてきた。原子炉の外壁は1メートル半の厚さの防御壁で守られている。些細な衝撃でそれを貫徹することはできない。同原発には2人のIAEA査察官が常駐している)
シュピーゲル誌が実施した世論調査(10月25日~27日、約5000人を対象)によると、ドイツ国民の57%は「ロシアはウクライナで原爆を投下する」と懸念し、「ロシアが原爆を使用しない」の32%を大きく上回っている(11%は不明)。また、ショルツ独首相はプーチン大統領との電話会談でプーチン氏から核攻撃のターゲットとしてドイツの3カ所を言い渡された、という情報すら流れた。一方、欧米では核シェルターの需要が増えている一方、原発事故に対応するためヨウ素を薬局で購入する人が増えているというのだ。
プーチン大統領は9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これははったりではない)と警告を発することを忘れなかった。ひょっとしたら、プーチン氏の終末時計は「残り時間が限りなくゼロ」かもしれない。世界はプーチン氏が核のボタンを押さないことを祈る一方、押した時の対策も考えておかなければならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。