今回は、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文を紹介する。
原題は「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」、著者はGautam Kalghatgi博士、英国を中心に燃焼・エンジン・燃料などを長年研究してきたリーダー的研究者であるらしい。彼はこの専門の立場から、主に交通分野でのエネルギー問題を論じて、今世間で騒がれている「ネットゼロ」など当分は不可能だと断じている。
筆者もこれに大いに賛同する。少しでも真面目にエネルギー問題を眺めるなら、当然出てくるべき結論であり何ら不思議さはない。不思議なのはむしろ「2050年カーボンニュートラル」だの「ネットゼロ」だの、確たる科学・技術的根拠もなく威勢良く振り回す論者ばかりが幅を効かせる、今のマスコミ・論壇の風潮であろう。
さてこの論文、結構長い。A4版に刷ったら本文だけで22頁もあり、末尾に膨大な文献リストが並ぶ。ただし英文は米国式で、ごく読みやすい(英国人の書くものの中には、表現が屈折していて読みにくい英文が時々ある)。
最初に、ハイライトと称する短文が載せられている。これは直訳して示す。なお、下線部は原文でも下線が引かれている箇所である。
- 現在、世界のエネルギーの82%が化石燃料の燃焼で供給されている。
- 多くの国のエネルギー政策で、燃焼を速やかになくそうと目論んでいるが、これは気候変動への懸念のためである。
- 多くの国ではまた、交通部門から内燃機関をなくそうとしている。
- (しかしながら)化石燃料の燃焼を来たるべき数十年で他の何かで代替するには、問題のスケールが大きすぎる。
- ・燃焼やエンジン燃焼の研究は、将来のエネルギー消費を効率的かつクリーンにするために欠くべからざるものである。
この論文は長く、本稿では各章を一渡り紹介するが、個別に全部直訳すると息切れしそうなので、ポイントをしぼりたい。しかし、Abstract(要約)の最初の一文は紹介に値する。その文章は「裕福な西側諸国での支配的な物語(的な作品)は、気候変動が「(社会の)存続が脅かされる危機」にあり、温室効果ガスの排出、従って化石燃料消費を速やかに止めなければならないとするものである。」となっている。
この著者のお名前・風貌から推してインド人のようである(ファーストネームGautamはブッダのそれGautamaを連想させずにはおかない)が、この何とも皮肉な言い回しは、非欧米諸国出身者にしか書けないだろう。
日本人の多くは「国際社会」と言っても欧米・G7程度しか思い浮かばないかも知れないが、世界人口の圧倒的多数は非欧米諸国にあることを忘れるべきでない。また「人為的地球温暖化説」を、これほどまでに無邪気に信じている国民が多数派を占めるのは日本くらいであることも。
1. 導入
最初は「気候変動問題」のおさらい。IPCCの主張をそのまま紹介し、温室効果ガスの排出をできるだけ減らすべきとされているが、CCS(二酸化炭素の地下貯留)などは実用に遠いし、植林や排出権取引などで「相殺」するにも量が足りないとする。そして結局、彼らはCO2フリーな電源からの全電化こそが解決手段だと確信するに至るが、これが実に大変なことだと指摘する(第2・第3章はその論証のためにある)。
全体を俯瞰するために図1を用意し、エネルギーシステムに関連する因子を相関図のようにまとめている。
この図自体は、著者本人も述べているように極度に簡単化されており、現実のエネルギー問題に関与する因子はこれよりずっと多いのであるが、大切なのは、このように全体をシステムとして見ること(システム思考)である。
すなわち、エネルギーシステムを変革するには、エネルギーの需要と供給の構造、関連技術、必要な資源、経済性など数多くの因子を考慮しなければならない。しかるに、多くの「脱炭素論」では単にCO2排出削減の必要性ばかりを強調し、そのために必要な諸因子の分析が不足していると言いたいようである(筆者はそれに賛成する)。
2 ネットゼロ達成に必要なエネルギー変革への挑戦
最初に、表1として2021年のBP世界エネルギー統計の数値を引用している。世界の一次エネルギーの82.3%が化石燃料から供給されており(化石489.66EJ/総計595.15EJ)、風力・太陽光を合わせても世界では1.75%に過ぎないとある。
ここで筆者から少し長いコメントを挿む。それは、この種のエネルギー関連論文で数値がいつも引用される世界的なエネルギー統計において、電力の一次エネルギー換算法に問題があると思うからである(ここで使われているBP統計も、IEA統計も)。
表1の注に「一次エネルギーの単位はEJ(1018joules)で、発電量T(1012)WhからEJへの換算は1 EJ = 277.8TWh」とある。親切な注であるが、しかしこれは物理的な単位換算表の1J = 2.778×10-7kWhを単に1018倍しただけなので、一次エネルギーの換算法としては問題がある。
なぜなら、これは1kWhの電力が熱エネルギーに変わる時の換算係数(1kWh = 860.6kcal = 3.6kJ)であって効率100%と同じ意味であるが、反対に熱を電力に変換する場合には効率は決して100%にならず、発電効率(=熱→電力の変換効率:大型火力発電では40%前後)の分、出力(電力)は小さくなるからである。
簡単に言えば、1kWhの電力は860.6kcalの熱に変わるが、逆向きの、860.6kcalの熱から1kWhの電力は決して作れない。従って、発電量(Wh)からその発電に必要な熱エネルギー(これが一次エネルギー:Jまたはcal、石油換算トン)を求めるには、別の、ある換算係数を用いなければならない。
この話は、以前に一度書いたことがある。筆者は2020年にこの問題に関する論文を国際学術誌に投稿し掲載されているのであるが、この先生の目にはとまっていないらしいし、IEAからも何の反応もない。
筆者の主張は、一次エネルギーを石油換算トンで表す限り、発電量(または電力消費量:Wh)から一次エネルギー量(J or cal)を計算する際には、石油火力発電の発電効率(日本では41.5%)を発電源によらず適用すべきであり、現在IEAの適用している換算係数(発電効率として地熱10%、原子力33%、太陽・風力・水力は100%)は論理的に誤りであるとするものである。
端的に言えば、電力の一次エネルギー換算に関しては上記BPの採用する1kWh = 860.6kcal = 3.6kJもIEAの採用する変換係数も間違いであり、現在の石油火力発電効率(41.5%)で考えるなら、0.415で割って1kWh = 2074kcal = 8.67kJを、全ての電源に対して用いるべきである(なお、割る数字=発電効率は、技術進歩で変わるから一定ではない。ここで使った0.415も、あくまで仮定の値である)。
現時点では発電の中で火力が占める割合が圧倒的に大きいので、IEAの世界エネルギー統計にも大きな誤差は生じていない(筆者の論文では計算例も示してある)。しかし、今後火力発電の割合が小さくなり太陽光・風力等が増えるにつれて、この「歪み」は大きくなるだろう。
その中身を見ても、一次エネルギーに占める割合として、地熱・原子力の寄与分が太陽・風力・水力などよりも数倍過大に評価されることになる(同じ1kWhの電力でも割るべき分母の数値が0.1、0.33、1.0と違うから、割った答も当然違う)。筆者には、なぜこのような不合理が世界的に通用しているのか、理解できない。
さて、本文に戻る。表1には、世界・中国・米国・インド・英国における一次エネルギー供給量と、電力の設備容量および発電量が載っている。ここで、上記の記述に従って発電量の一次エネルギー換算を補正すると、世界総計で、化石燃料489.66EJは変わらないが、電力は105.49EJから254.19EJに変わる(0.415で割るので2.4倍大きくなる)。故に総計は595.15EJから743.85EJとなり、一次エネルギーに占める電力の割合は、本文では17.7%(=106.49/595.15)であるが、補正後は34.2%(=254.19/743.85)に変わる。
図2には、電力の一次エネルギーに占める割合を世界と国別に示しているが、いずれも10数%程度に留まる。しかし、筆者の計算法に従うなら、この比率は約2倍に増える。ちなみに、日本の場合は「電力シフト」(エネルギー需要に占める電力の比率が高まること)が進んでいるので、補正後の世界平均34.2%を大きく越えて、計算法にもよるが、40%台以上には達しているだろう。
図3には、発電に占める風力と太陽光の比率を示す。英国ではこれが約25%にも達しているが、世界平均では10%程度である。これはすなわち「CO2を出さない発電方式」に転換して行くには、膨大な努力を要することを示す。
図4には風力と太陽光のCapacity Factors, CFが載せられている。これは中身的には「設備稼働率」と訳すべき数値である。すなわち、この設備が全容量で1年中稼働したときの発電量を分母とし、実際の発電量を分子にして表す値である。
太陽光はこの値が低いのが泣きどころで、米国では約20%であるが、世界平均では13%程度に留まる。日本でもこの程度である。風力はこれより高いが、最も高い米国で35%、世界平均25%強である。両者合わせると、世界平均値で約20%となる。この、設備稼働率の低さと、自然エネルギー特有の不安定さが、これらの大幅な拡大に対する大きな困難の元になる(後述)。
ここまでで本文8頁目に来た。まだ先は長い。字数も尽きたので、続きは次回をお楽しみに。
(次回につづく)