イランで治安部隊が抗議デモに発砲:ライシ大統領「アメリカがテロを扇動」

イランからの情報は混乱し、その真偽を確認する手段は少ないが、目撃者によると、イラン北西部のクルド人都市マハバードでの抗議行動が暴動に発展し、20日夜、警察と治安部隊が戦車で街に進行し、デモ参加者を無差別に撃ったという。市内の電気も一時停電。状況は悪化し、目撃者の報告によると、多数の住民が負傷したという。死亡者が出たかは不明だ。

抗議デモ対策を協議するイランの閣僚会議(前方中央ライシ大統領)2022年11月20日、イラン大統領府公式サイトから

政府寄りの通信社「タスニム」(Tasnim)によると、「武装テロリストが20日夜、民家や公共施設に放火し、市全体と住民をパニックに陥れた。しかし、地元の治安関係者はテロリストグループの指導者たちを拘束した」という。政府側にとって、抗議デモ参加者は一様にテロリストと呼ばれている。

一方、ソーシャルネットワーク(SNS)で共有されている動画によると、通りを走る軍の車列が映っている。オスロに本拠を置くクルド系人権団体Hengawは、「ヘリコプターがクルド人の街の上空を旋回している」と報告。同じくノルウェーに本拠を置くイラン人権団体(IHR)は「市内で発砲と悲鳴が聞こえる」という。IHRのマフムード・アミリー・モガダム議長は、「当局がマハバードの電気を遮断した。機関銃の発砲音が聞こえ、未確認だが、デモ参加者に死亡または負傷が出た模様だ」という。

公開された映像には、マハバードの抗議者が通りに座ってバリケードを建てているのが見える。Hengawによると、この地域の事業者は20日にストライキを行い、警察の暴力に抗議したという。隣接するクルディスタン州のサナンダジ市からの映像によると、治安部隊に撃たれた女性が映っている。

Hengawは、「政府軍は少なくとも3人の民間人を射殺した。クルディスタン州のディワンダレ市では19日、既に危機的な状況だった。ブカンやサケスなど、クルド人が多数を占める他の都市でも状況は同じだ」という。

サケス市(Sakes)はマーサー・アミニさんの故郷だ。22歳のクルド系女性アミニさんは9月13日、宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、同16日に死亡が確認された。同事件が報じられると、イラン全土で女性の抗議デモが広がっていった。10月には、イラン北西部アルダビルで15歳の少女アスラ・パナヒさんが他の生徒と共に抗議デモでスローガンを叫んだ時、私服姿の女性警官に暴力を振るわれ、学校に戻って再び殴打され、搬送先の病院で死亡するという事件が発生し、抗議デモに参加する国民を一層、激怒させた(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

アミ二事件から2カ月が過ぎた。アミ二事件、15歳の少女の死、そしてイランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場した問題は、いずれも女性がイスラム教の服装規定に反する、ないしはそれに抗議した理由から生じたが、イランで現在行われている抗議デモは女性のスカーフ問題、女性の人権といった範囲を超え、イスラム革命後から43年続くイスラム聖職者支配体制への抗議でもあり、国民経済の停滞への不満の爆発によるものだ。

メディアの報道によると、イランの司法当局は、政治、映画、スポーツ界の著名人に対して捜査を開始した。具体的には、元国会議員2人、女優5人、サッカーのコーチ1人が尋問のために呼び出された。彼らは、SNS上で当局者に対して「挑発的で侮辱的な」発言をしたとして告発されている。8人が起訴された場合、長期の就労禁止に直面することになる。司法当局は、著名人がSNSを通じて抗議デモを支援することは「国家安全保障に対する脅威」と考えている。

テヘランの革命裁判所は抗議デモ参加者に対し、有罪判決を下し、「混乱の中で、殺人、テロの拡散、社会の不安定化を意図してナイフを抜いた」として死刑判決を下した。ちなみに、抗議デモ参加者への死刑判決はこれまで6回下されている。

イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。強硬派のライシ大統領は先月16日、「バイデン米大統領がイランで混沌とテロと荒廃を扇動している」と非難している。また、イラン軍、革命防衛隊、警察の司令官はハメネイ師宛ての共同書簡の中で、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばすなど、強権で抗議デモを鎮圧する姿勢を崩していない、といった状況だ。

懸念材料は、イランがウクライナに軍事進攻するロシアのプーチン大統領を支援し、イラン製無人機(ドローン)をロシアで現地生産する方向で、イランとロシア両国が合意したということだ。イランは国内では民主化を要求する国民を強権で鎮圧し、対外的には軍事力でウクライナに侵攻するロシアとの関係を深めようとしている。一方、イランの核合意(米英独仏中露の6カ国とイランが2015年に合意した、イランの核をめぐる包括的共同作業計画)再建外交は進展していない。イスラエルの情報によると、イランの核兵器製造は差し迫っているという。イランがモスクワに無人機支援の見返りに、ロシアの支援を受けて核開発の最後のステップを踏み出す、というシナリオが現実味を帯びてきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。