こんにちは。
今年を象徴する事件がロシア軍によるウクライナ侵攻だったとすれば、今年を象徴する人物は間違いなくこの人で決まりと思える暗号通貨市場運営企業、FTXの前CEO、サム・バンクマン=フリード(SBF)について書きます。
FTX破綻が招いた暗号通貨業界全体の落ちこみ
彼は、2017年にアラメダ投資というビットコインやイーサリアムなどの暗号通貨に特化したヘッジファンドを設立し、2019年には自分で暗号通貨市場を創設するほどの成功を収めました。その暗号通貨市場が、突如崩壊して話題になっているFTXです。
この人が、資金繰りに窮して暗号通貨市場業界トップであるバイナンスの創業CEO、香港系カナダ人の趙長鵬(チャンポン・ジャオ、通称CZ)氏に救済を願い出たのが発端です。
ジャオ氏も、はじめは乗り気だったようです。
しかし、あまりにも経理が乱脈で、持っているはずの資産は極端に流動性が低いトークンという実態のない金融商品ばかり、あきらかにCEOなどの幹部が客から預かったカネで私腹を肥やしている形跡もありということですぐ諦めました。
そこで「FTXが危ない」との噂が世界中の暗号通貨市場を駆け回り、業界全体を巻きこむ大暴落を惹き起こしました。
ご覧のとおり、暗号通貨界で最大の時価総額を誇るビットコインの場合、11月初めには2万1000ドル台を維持していたものが、9日には1万6000ドルを割りこむところまで下げてしまったのです。
時価総額第2位のイーサリアムをふくめ、大手暗号通貨はほぼ全滅と言っていいほど、大幅に値下がりしました。
中でもビットコインは、今年の7月頃から何度か急激に売り先行で出来高が膨らんでいたのを、おそらく大口投資家がなんとか買い支えてほぼ横ばいの価格を維持してきたという経緯がありました。次のグラフが価格と出来高の関係を示しています。
グラフの右端、出来高がほぼ垂直に上昇する一方、価格がほぼ垂直に下落しているのが、11月8日以降のビットコイン市場です。
この暴落でとばっちりを受ける形になったのが、ビットコインを根拠資産とする投資信託商品の中でいちばん堅実な経営をしていて預かり資産総額も大きいグレイスケールビットコイン投信(GBTC)でした。
上段は持っているはずのビットコインの数に時価を掛けた数値に対して、GBTCが市場でどの程度に評価されているかを示したグラフです。
2021年2月頃まではビットコイン自体の先高感も手伝って、持っているビットコイン総額より割高に評価されていたのにその後一貫して割安が続き、11月8日からの大暴落では持っているビットコイン価格の4割安まで下げてしまいました。
もし、このGBTCの単位価格が示唆するとおりにビットコイン価格が動いたとしたらどうなっていたはずかを示すのが、下段のグラフです。直近では1万ドルを割りこむはずだということになっています。
GBTCの運用主体でもあり、ジェネシスという暗号通貨市場も経営し、コインデスクという暗号通貨中心の金融情報誌も刊行しているデジタル・カレンシー・グループ(DCG)は、業界最古参と言ってもいい企業です。
まさかこの会社が顧客から預かっているビットコインを流用して損失を出したなどとは考えられないので、これはビットコインがそのぐらい大きく下げる兆候かと思っていましたが、どうやら大間違いだったようです。
この会社もいつのまにか、どっと解約請求が殺到すると危ない内容のバランスシートになっていたらしく、11月22日には企業再生専門のアドバイザーを招いています。
諸悪の根源はトークンの乱発
おそらくDCG転落のきっかけは、イーロン・マスクがまったくの冗談として「ドージ・コインというトークンを売り出せば大儲けできるのではないか」と言ったのがきっかけでDCGが売り出したドージ・コインが、実際にかなりの好収益を出してしまったことでしょう。
トークンとは、それ自体には価値がないけれども一定の価値を持ったものの代わりにやり取りするコインなどのことです。
たとえば、ニューヨークの地下鉄はインフレがひどくて切符の運賃を書き変えるのが面倒だった頃から、ずっと1回乗車するたびに買っておいたトークンをひとつ料金箱に投げこめばいい仕組みにしていました。
ギャンブル場でポーカーやルーレットをやるときには、カネを払って色や形でいくらかがわかるプラスチックの小さな円盤であるチップを買って現金ではなくチップを賭けますが、あれもトークンです。
国際会議などに代表を派遣した国が「あの国はトークン・プリゼンスがあっただけだ」と言われたら、何ひとつ発言もせず、議論を聞いていたかさえ怪しい国という辛らつな批判で、日本はしょっちゅうこう言われています。
暗号通貨の世界では、通貨の発行体も、市場運営企業も、ほとんど軒並み暗号通貨となんらかの関係があることになっているトークンを発行するのが定番になっています。
しかし、暗号通貨の世界に氾濫しているトークンがいったいなんの役に立つのか、いろいろもっともらしい「解説」を読んだり聴いたりしても、なかなか意味がわかりませんでした。
この点については、サム・バンクマン=フリード自身が、ウォールストリート・ジャーナルで金融関係の論説委員をしているマット・レヴィンの質問に答えて、明快に「あれはなんにも入っていないカラ箱だ」と断言しています。
「有力投資家がいくらで買った。しかも、個数が限定されていたり、取引停止期間があるなどの制限によって流動性が低いと、あっという間に価格が急騰する。値上がりしたトークンを担保に使って資金を調達して、別の金融商品を買うこともできる」と言うのです。
そのへんの事情をみごとに描き出しているのが、次のグラフでしょう。
FTXが発行したFTTというトークンを、もともとは親会社であり、破綻直前にも系列会社で私生活でもSBFのパートナーであるキャスリン・エリソンがCEOを務めていたアラメダ投資が高値で買う市場操縦でつくり出した、完全に人為的な高値です。
売り出した頃には1ドル70セントだったものが、最高値では800ドル近く、元値の約45倍に達していました。最近では本来無価値のものだったことにふさわしい元値に近づいています。
グループ全体の投資ポートフォリオを見ると個人投資家を欺して高値づかみをさせて売り抜けようという銘柄が多いのですが、もっと切羽詰まった事情があった投資対象も混じっています。
アラメダ投資による投資だけで済ませたソラーナも、投資だけでは済まずに結局FTX本体が買収せざるを得なかったヴォイジャーも、暗号通貨「関連」のトークンを売って儲けるだけの言わば現代ネズミ講です。
自分たちがやっていることだからわかりそうなものなのに、FTXがそのトークンを大量に買っていたので、これらの企業が破綻しかけたときにトークンが無価値にならないように防戦買いをしたというだけのことです。
それを「暗号通貨業界の破綻が増えている最中に敢然と社運の傾いた企業を次々に傘下に収める様子は、19世紀末から20世紀初めにかけてアメリカ銀行業界の大立て者だったJ・ピアポント・モーガンが1907年の金融恐慌時に多くの銀行を救済した姿の再来だ」と褒めたたえる金融専門誌があったのですから、世の中は広いと感心せざるを得ません。
それにしても、株や債券の世界で同じことをやったら、当然市場操縦で厳罰に処されるようなことを平然とやってこられたのは、いったいなぜでしょうか。
カネがすべての現代アメリカ社会を象徴
だいたいにおいて、ヘッジファンドなど金融業界の新興勢力は民主党リベラル派を支持する人が多いのですが、サム・バンクマン=フリードは、その中でもジョージ・ソロスに次ぐ大口の民主党への献金者なのです。
かなり深刻な劣勢が予想されていた今年の中間選挙で、これだけ巨額の献金をしてくれるスポンサーですから、現在政権を担っている民主党としてもおろそかには扱えません。他の業界の他の人間がやったら当然罪に問われるようなことも、選挙期間中は見逃していました。
ただ、民主党としても付き合いが長くなったらいずれボロを出すことは間違いない相手と警戒していたようで、11月8日、まさに投票日当日にFTX破綻の噂が広まったのは、使い捨てにしたいスポンサーだったからでしょう。
若き(元)10億ドル長者は偽善と虚栄のかたまり
この事件を見ていてやりきれないのは、あからさまな偽善的態度が立派な慈善行為として褒めそやされている、アメリカ社会の荒廃ぶりです。
よくまあ、これだけ自分の行動とは正反対のきれいごとを真顔で言ってのけるものだと感心します。
「自動車はランボルギーニやマセラッティじゃなく、トヨタ・カローラで十分」と言いながら、数人のFTX幹部と一緒に住んでいるのはバハマには珍しい超高層住宅の最上階にあるペントハウスで、捨て値で売りに出した価格でさえ4000万ドルという物件です。
しかも自分がCEOとしての年俸から払って買った物件ではなく、客から預かったカネを流用したものです。
さらに「効率のよい利他主義」という謳い文句の実態を思い知らせてくれるのが、同じように公金を横領して自分の両親には1億2100万ドルの超豪華な別荘を買ってやっていることです。
いかにもバハマらしい豪華クルーズの停泊する桟橋に至近距離の豪邸とのことです。
「1万人の貧乏人に120ドルずつくれてやっても、すぐなくなってしまうだろうけど、夫婦でスタンフォード大学法学部の正教授をしていながら、中流の上程度の生活水準で悔しい思いをしている両親にプレゼントすれば、きっと一生喜んでくれるだろう」というのが、効率の良い利他主義なのでしょう。
教養ある人々の驚くべきモラル劣化
私がアメリカに留学していた頃驚いたのは、アメリカで一流大学を出て子どもも大学に行かせられる程度の裕福な生活ができる家庭でのしつけの厳しさでした。
一般庶民の家庭では、キリスト教的な倫理さえ守っていれば、服装やことば遣いはかなり乱暴でも許されていたのに対し、思想的には非常に自由だけれども、服装や立ち居振る舞いについては、日本のいいとこのお坊ちゃん、お嬢ちゃんよりはるかに厳格でした。
それを考えると、サム・バンクマン・フリードが映像も収録されていることをわかった上で、バミューダ・ショーツとも七分丈のジョギング・パンツとも言いようのない服装で、膝を丸出しにして堂々と貧乏揺すりをしている画面を見たときには、びっくりしました。
これが貧乏揺すりの映し出されている画面ですが、ご両親とも貧しい人、弱い人を助けるための社会運動にも熱心な方々なのだそうです。
それでいながら、息子が公金横領でプレゼントしてくれたバハマの別荘をのうのうと使っていて、FTXが破綻したら「前から返そうと思っていた」と平然とおっしゃるご立派な人格で、なるほどこの親にしてこの子ありかと妙に納得してしまいました。
「人前で貧乏揺すりなどをしたら、それだけで無学で貧しい家庭の出身だと思われるから、服装や行儀はいつも立派に」という教育方針を捨てたことには、まったく異義がありません。
ただ、せめて精神面でまっとうな人間に育てようという努力があったかというと、当人たちでさえ世間向けの表面と内面はまったく違う方たちですから、子どもが似たような偽善ぶりをちょっと稚拙に披露してしまうのも無理からぬところなのでしょう。
それにしても、ご両親がスタンフォード大学正教授であるサム・バンクマン=フリードがマサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部卒の学歴を持ち、彼の指導教官だった経済学部教授であるグレン・エリソンの娘は、スタンフォード大学で数学科の学士になっている。
このどちらも毛並みのいい学者一族の息子と娘がカップルになったら社会にどんなにすばらしい貢献をするかというと、本業ではいずれ運が尽きるとわかりきっている金融詐欺で暴走し、余技としては偽善に満ちた「効率の良い利他主義」を実践してきたわけです。
この闇の深さこそ、現代アメリカ社会の腐敗堕落を象徴しているのではないでしょうか。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。