今週は「産経」に二度泣かされた。といっても「ひどい目にあわされる」(「新明解」)方ではなく、「ひどく感動させられる」(同)目に遭ったのだ。29日には安倍晋三写真展で、30日には斎藤仁夫人による「『お父さん、もう治ったよ』 やさしい嘘と講道館杯」と題するコラムを読みながら。
写真展は、正論発行人の有元氏が自ら切符切りをする受付で記帳し、見始めた。が、拉致被害者家族や3.11被災者との写真辺りで涙が滲み、折角の表情豊かな安倍氏が霞む。それでも自衛隊閲兵やトランプを安倍と萩生田で挟むスナップをスマホに収めた。出口に積まれた「正論」の前の安藤編集部員とも当方ネットで顔馴染み、思わず「ご苦労さま」と口を衝く手作り感も好印象。
コラムの方は、胆管癌と戦いながら子供を安心させるため「まっすぐな性格」の仁氏が「噓つき」になり、次男の立君を糖尿病と騙して稽古に励ませた話。15年に13歳で父を亡くした立君は期待に応え、本年4月の全日本柔道選手権に初優勝、10月の世界選手権100kg超級(父の優勝は83年)でも銀メダルを獲得するまでに、立派に成長した。
そこで本題の「嘘」の話。
米国の国際関係論学者ジョン・ミアシャイマーは「なぜリーダーはウソをつくのか」(五月書房)の中で、リーダーのつくウソには「戦略的なウソ」と「自己中心的なウソ」があるとし、前者は「国家が互いに使う」一方、後者は「国家のリーダーたちが自国民に対して使う」と述べている。
ミアシャイマーはまた、「ウソをつく」ことは「騙し」の一種だが、その「騙し」には情報の「秘匿」と「印象操作」の二つもあり、これらは「ウソをつく」のと違って「間違った結論の話を教えるものではない」ものの「真実の供述ではない」とする。
先の米中間選挙で過半数を制した下院共和党が、この先バイデン政権を追及する材料に息子ハンターのラップトップ事件(以下、「事件」)がある。不正があったとトランプが主張する20年の大統領選挙直前に「ニューヨークポスト」がスクープした「事件」の情報を検閲し続けたツイッターだが、先ごろ買収したイーロン・マスクは、検閲に関するすべての社内議論を公開すべきと述べた。
大統領選の3週間前に暴露された「事件」は、「Politico」が21年9月に「一部が事実だった」と報じたが、ツイッターやFacebookなどビッグテックは情報を検閲し続け、「ニューヨークタイムズ」や「ワシントンポスト」など主流紙も、今年初めまでの約2年間、ロシアの偽情報と主張していた。本年8月の「TIPP」の世論調査では有権者の78%が、「事件」を知っていればトランプが勝っていたと答えている。
これは「事件」を「FBI、情報界隈、議会、バイデン陣営などが『偽情報』としたことが有権者に影響を与えた」(TIPP会長談)「自国民に対して使う」情報「秘匿」だ。日本でも「朝日」など主流メディアによる「モリカケ」を始めとする安倍元総理への、あるいは反日的な、「騙し」は枚挙に暇がない。
「恐怖の煽動」も「自国民に対して使うウソ」。国民の自覚が不足している時、脅威が深刻であるとして国民を喚起し、それに対処するために必要な犠牲を国民に払わせることを指す。筆者はその立場に立たないが、防衛費の増額論議で中国の脅威を列挙するなどは、筆者や自民党保守派と逆の立場の者からすれば「恐怖の煽動」ということになろう。
同じく左派が喜びそうなウソに「ナショナリスト的神話作り」がある。自分たちが過去に行ったことを否定したり、逆にやっていないことを恰もやったことの様に主張したりする言説を指す。目的は国民国家の形成や国土維持を果たし、国民の中に民族的アイデンティティを醸成して、国家の正統性を獲得することにある。隣の南北半島国家を思い浮かべると腑に落ちる。
その隣国の「皇帝」がつきそうなウソに「無能の隠蔽」がある。リーダーが自分の失敗のせいで実現できなかった政策を、自己の利益になるようにつくウソのこと。国民全体の利益のための「戦略的隠蔽」というウソもあるが、これは結果的に「無能な人間を守ってしまう」ので、両者の見分けが困難とされる。
一方の「国家が互いに使う」「戦略的なウソ」の典型は、早や10カ月になるロシアのウクライナ侵略で国際社会が日々目にしている。この戦争の舞台は専らウクライナ国土なのだが、むしろ被害者のロシアが防衛戦争をしているとの論がある。また、ウクライナは民間施設がロシアのミサイルで攻撃されたと主張するが、ロシアは民家施設を隠れ蓑にした軍事施設を攻撃したのだという。
これらはどちらか一方が「やりました」と自白しない限り真相は藪の中、傍からは検証のしようがない。が、明らかなこともいくつかあり、例えばウクライナ側は、国土の荒廃に加え人口の4分1に当たる約1千万人が国外に避難し、民間人や軍人が万単位で死んでいる一方、ロシア側は国土の被害は皆無なうえ、これも万単位といわれる死者も、そのすべてが軍人であることなど。
しかし「偽旗作戦」と称する、被害者が自らを攻撃する自作自演もある。よってウクライナ大橋の爆破にしても、ウクライナがやった結果としてロシアが被害を被ったから、普通ならウクライナがやったとなるが、仮にロシアの「偽旗作戦」ならそうはならない。先般のポーランド爆撃などもその一種か。
先述の「戦略的隠蔽」をミアシャイマーは、自国国民と同時に他国も騙そうとするものでもあり、リーダーはこれを使って、注目を集め易くしたり、対応が必要な難しい質問を惹起しそうな国際問題に対処したりすると述べる。すなわち、それが「国益に適う」と考えてウソをつくのだとし、キューバ危機の際のケネディの対応を例示する。
ケネディは、キューバからミサイルを撤去する代わりに、トルコの米国ミサイルを撤去せよとのフルシチョフの対案を飲んだが、それを秘匿するようソ連に要望し、合意した。公開すれば米国民やNATOとの関係にダメージが及ぶと考えてのことだった。ミアシャイマーはこれを、二つの核保有国が衝突を回避するための「高貴なウソ」と書いている。
ウクライナでの核使用が取り沙汰される中、米露首脳には、第二の核被害国を作るのではなく、「高貴なウソ」をついてでもそれを回避し、歴史に名を刻む器量を望みたい。その「ウソ」なら、プーチンが愛する柔道のかつての金メダリストが、家族を安心させるためについた「やさしい嘘」のように許される。