対中抑止での協力にも影響?米インフレ削減法で欧州が物申す

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バイデン大統領が目指した”より良い再建法案(BBB)”のライト版として8月に成立した、”インフレ削減法(IRA)”。

チャート:IRAの大枠
作成:My Big Apple NY

インフレを押し下げるというより、高齢者向け公的医療保険(メディケイド)を通じた処方箋価格引き下げのほか、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)への補助金給付や税額控除が柱となり、2023年1月に発効する予定です。

IRAに加え、CHIPSプラス法と合わせれば半導体販連に至るまで補助金対象が北米製品に限定されるだけに、欧州連合(EU)は声高に修正を求めてきました。

折しも、EUはロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー価格の高騰に直面し、生産コストが押し上げられる状況。その苦境にあってIRA成立となれば、欧州の関連産業が打撃を受けること必至で、マクロン仏大統領は訪米中の仏大使館での11月30日付けの講演で「西側を分断する(fragmenting of The West)」と警告していたものです。

ちなみに、マクロン氏はバイデン政権にとって最初の国賓待遇の首脳となります。仏が豪と結んでいた潜水艦契約を2021年9月、米英豪でAUKUSを立ち上げた過程で反故にした罪滅ぼしのようにみえますね。

マクロン氏の厳しい口調に対し、バイデン大統領は翌12月1日の共同記者会見にて「欧州諸国向けの微調整が可能(tweak)」と発言。マクロン氏も「重要産業への投資アプローチを再び同期化することで一致した」と述べていました。

とはいえ民主党単独で成立したIRAをめぐり、年明けの発効を控え、ましてやレームダック・セッションでの修正は困難。ジャン―ピエール米大統領報道官も、議会に差し戻す可能性を否定していました。別のシナリオとしては、仏政府関係者が指摘するようにバイデン氏が大統領令を通じた自由貿易締結国並みの例外措置導入が想定されます。

ただ、これも適応対象地域・国が広がれば民主党の票田である米国内製造業から突き上げられ、財政悪化を招けばインフレ押し上げを招き2024年の米大統領選前に共和党に攻撃される見通しで、打開策とは言いがたい。

米国とEUのIRAにおける亀裂は、間接的に中国に利する可能性もあります。米・EUは2021年6月に貿易テクノロジー評議会(TTC)を始動させていますが、12月5日にメリーランド大学で開催された第3回のTTC会合につき、欧州委員会のブルトン委員(域内市場担当)は12月2日に欠席の意向を表明しました。

フォンデアライエン欧州委員長も、開催に先立ち講演でIRAによる欧州経済への悪影響などに懸念を表明。IRAの”エネルギー安全保障と気候変動対策”に割り当てられた歳出額は3,690億ドル、EUのGDPの約2%に相当しますから、物申すはずです。米欧業界団体が問題視していた中国による不正な商慣行や強制技術移転などの言及が、TTC会合後の声明でまたも持ち越しとなったのは言うまでもありません。

マクロン仏大統領はIRAに対抗し、”バイ・ヨーロピアン”の必要性を説きますが、2023年からの財政健全化を目指す上で合意しづらい環境にあります。世界貿易機関(WTO)への提訴は、さすがに貿易戦争に発展しかねず回避したいところ。そこで、欧州側がレバレッジとして注目するのが対中抑止で「対中協力について協議を求めるなら、IRAについても必要」と言い始めているとか。

米仏首脳声明では「人権尊重を含むルールに基づく国際秩序への中国の挑戦をめぐり引き続き協調し、気候変動のような重要な地球規模の問題について中国と協力していく」と明記しましたが、”協調”の域を出ないことを確認しました。なお、米国は安全保障報告書にて国際秩序形成で中国を「唯一の競合国(only competitor)」と位置付けています。

対中抑止をめぐっては、一帯一路に対抗すべく2021年6月開催のG7首脳会議で発足したものの資金不足により頓挫した”より良い世界の再建(BBBW)が思い出されます。

画像:やはり同床異夢だったB3W
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今年のエルマウG7サミットでは、”グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)”にその名を変えて登場、米国は中低所得国に5年間で6,000億ドル、米国単独では2,000億ドルの資金提供を呼びかけますが、その後進展は聞かれていません。一帯一路と言えば、2013年から提唱され、世界147カ国が覚書に調印、総支出額は1兆ドルのところ、インフレ高止まりと成長減速に直面する先進国がどこまで支援できるか未知数です。

米国とEUのIRAをめぐる対立は、中国だけでなく日本や韓国などにも影響大。バイデン政権が果たして「微修正」を実行できるのか、まずお手並み拝見です。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年12月5日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。