「ふざけるな」という声が挙がった。
米国の女子バスケットのスター選手のグライナーと、ロシア(タジク人)の世界的な武器商人、ビクトル・ボウト受刑者との交換が成立、グライナーは移送されていたアラブ首長国連邦から、米国に戻る飛行に乗った。バイデン大統領は本人と話して祝福した。
グライナーは2月、プーチンのウクライナ侵略直前、大麻入りの電子タバコ2本を所持、モスクワの空港で発見、逮捕された。裁判で麻薬密輸などで有罪、禁固9年の実刑判決を受けた。
本人の犯罪で自己責任なのだが、米国を金メダルに導いた国民的スター選手のため、米国内では同情の声も挙がった。ウクライナ戦争とタイミングが合ったこともあり、釈放のためにバイデンが譲歩するという可能性も囁かれた。プーチンの侵略後、最初に開催された7月の米露外相会談でもグライナーの扱いが議題の1つに上った。
ロシア側が望んだのは、ソ連に忠誠を誓った「死の商人」ビクトル・ボウトとの交換だった。
筆者は20年ほど前に、米麻薬取締局(DEA)の公文書で「世界最大の武器商人」と書かれたサーキス・ソガナリアンの密着取材を、パリで1ケ月以上やった。エッフェル塔が見え、シャンゼリゼを見下ろす一等地の豪邸に毎日通った。
サ-キスはレバノン在住のアルメニア人、イラクのフセイン元大統領の代理人とも言われ、筆者の別の友人CIA工作員とのつながりももちろんあった。CIAからも、サーキスが一時期CIAの仕事をして、その後ブッシュ父との確執があり、米国に戻れないことも聞いた。
彼がやったことは米国の国家機密も絡み、北朝鮮が動いた偽100ドル札偽造にも関係するなど、波乱万丈。米国の大手出版社、サイモン・シュースターが自伝を書けば800万ドル払うと言った。彼は書かないで死んだ。筆者が代わりに書きたいと思っている。
筆者が密着している時、サーキスはアフリカのリベリアの指導者争いで、AK47系などの武器を売りまくっていた。北朝鮮や中国の取引交渉人が、彼の自宅にアジアでの使用につながる商談で来たのも、筆者は目撃した。
リベリア指導者の1人の独裁者、テーラー将軍はボウトの顧客だったと聞いた。筆者はリベリアの別の指導者で兵器を買いに来た大統領候補、ボウリ―氏とも親しくなった。現在、彼との交信が途絶えた。生死不明だ。
ボウトはリべリア以外にも、シエラレオネやアンゴラにも武器取引に関与した。
サーキスは一部米国寄りのスタンス。ボウトは反米のロシア諜報員といえる立場だった。
ボウトはソ連崩壊を1つの切っ掛けに、アフリカだけでなく、アフガニスタン、さらにアルカイダへの兵器提供に関与して莫大な利益を上げたとされる。ニコラス・ケイジ主演の映画の主人公のモデルになったのは有名な話だ。
ボウトはソ連の元軍人、基本的に全てが反米につながる動きを取っていた。筆者の友人仲間のDEA捜査官は、国務省などとも協力して、長年、隠密調査を継続した。通常仲があまりよろしくないCIAとも、今回は一時期協力したときく。
年貢を収めさせたのは2008年。タイにおける囮捜査だった。DEA捜査官がコロンビアの左翼ゲリラの売人を装い、ボウトに商談を持ち掛けた。その頃ボウトは充分儲けており、自身で商談現場に出向くことは殆どなかった。本当に綱渡りの作戦で、用心深いボウトに気づかれて逃げられる直前だった。しかしやっと起訴に足る証拠を取り逮捕、タイから米国に移送した。口封じのためロシアのKGB工作員に殺されないように、厳重な警戒だった。
NYの裁判では、コロンビア左翼ゲリラが、米軍攻撃のために使用する地対空ミサイルを売却しようとした容疑、さらに米国人殺害などで有罪。(殺害は共謀罪。ロス疑惑三浦事件で使われた日本にはない概念)禁固25年の刑で、米国内の刑務所で今回釈放されるまで服役していた。10年近くの刑期が残っている。釈放の一報で、歓声を上げたに違いない。今回妻と母親と涙の再会をした。
この拙稿の最初の言葉「ふざけるな」とは、米国の司法省、捜査・諜報関係者の不満だ。
ボウト逮捕のためにどれだけ、米捜査当局が時間とエネルギー、そして血税を使ったか、ボウトは米国人の殺害にも関与した。ボウトにより世界中にばら撒かれた兵器により、どれだけの人間が死傷したか。
さらに、今回の交換が1つの悪例になる。これまでもプーチンは米国人を拘束して米との取引に使った。今回もたった2本の大麻タバコが大掛かりな密輸扱いで有罪になり、長期刑になった。本人が無知でしっかり考えずに有罪を認めてしまったこともあり、それが利用された。米から言わせると、現在19ケ国で米国人が不当に収監されている。今回のロシア側にとっての勝利により、さらにまた世界中で微罪などで拘束される米国人が増える可能性が高い。プーチンなどの「人質外交」が増える可能性が高くなる。
それらを考えると、痛み止めという説明もあるが、軽い気持ちで大麻をロシアに持ち込もうとしたバスケット選手と、大量虐殺者とも言える武器商人と交換するとは、とても釣り合わない(もう1人の米軍関係者もスパイ容疑でロシア国内で収監中。検討されたが、今回は交換対象にならなかった。2対1ではなく、1かゼロだった)。
ボウトは、ロシアとの関係があり、全て反米で動いていた。しかし、最初から最後までロシア政府との関係はゲロしなかった。武器取引だけでなく、ロシアの対米諜報活動にも首まで浸かっていた。そこがロシア政府が強く交換を望んだ理由とみられる。
このバスケット選手は女子刑務所に収監された。五輪の時も女子チームで活躍。しかし立派な女性の妻がいる。聞けば分かるが、声も男と同じといえる。つまり、立派な同性愛者。黒人・女性・同性愛者。バイデン民主党の判断基準に大きな影響を与えたのは間違いない。共和党政権なら、プーチンをここまで甘やかせる交換はしないだろう。
タイミング的には、ウクライナ軍の攻勢を受けてこれから、プーチン軍が大規模反撃に出るため、米との交渉が頓挫するのを恐れたという見方がある。
それにしても、有名選手とはいえ、米国人の保護、釈放に国力を上げて実行する米国。
横田めぐみさんのように、なんの罪もない自国民が誘拐されたなら、戦争も辞さない国が米国だ。
(12月11日追記)
米国は米国が誇る金メダリストの女子バスケ選手と過去数十年で多数の人を殺したといえるロシアの武器商人の交換釈放に応じました。一番右端の黒人女性は女子バスケ選手の「妻」です。今回大麻を持ち込んでロシア当局に捕まって収監されたアホな女子選手には、このように妻がいます。
この選手、体も声も男です。だが、女子チームの一員として五輪で金メダルを取り、今回ロシアの女子刑務所に収監されました。黒人、女性、そして同性愛であることが、民主党バイデンが、別の不当に収監されている米国軍人を差し置いて、優先的に交換に応じた大きな理由です。共和党政権ならあり得ません。