「旧ドイツ帝国公民」の国家転覆計画:法治国家でのクーデターの衝撃度

ドイツ連邦検察連邦庁は7日、国家転覆を計画し、武装蜂起を進めていた集団を一斉に検挙し、25人を拘束したと発表した。同集団の中にはドイツ連邦議会に議席を有する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の元連邦議会(下院)議員で現役裁判官のビルギット・マルザックウィンケマン容疑者や連邦軍関係者、貴族の称号を有する実業家などが含まれていた。同集団は「旧ドイツ帝国公民」と自称する極右テロ集団で、逮捕された25人のうち22人は同集団メンバーであり、3人は支援者、24人はドイツ人で1人はロシア国籍を有していたという。拘束された際、武器も押収された。

終身刑の判決を受ける「旧ドイツ帝国公民」の1人、ヴォルフガング・P(2017年10月23日、ドイツ公共放送連盟ARDから)

マルコ・ブッシュマン法相は、「国家転覆の武力攻撃が計画された疑いがある」と指摘、ナンシー・フェーザー内相は、「テロ組織による、革命と陰謀イデオロギーの暴力的な空想に駆り立てられたものだ」と述べている。

逮捕されたメンバーは、現ドイツの国家転覆を計画し、そのための大量の武器を保有し、政治家、連邦軍関係など社会の上層部に所属していたことから、「クーデター計画だ」と受け取られ、メディアで大きく報道されたわけだ。

「旧ドイツ帝国公民」の存在は治安関係者ばかりか、メディア関係者にも久しく知られてきた。独代表紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」(FAZ)は「旧ドイツ帝国公民」を「ファンタシー帝国」と呼んでいたが、「ファンタシー」といった幻想的なイメージではなく、武装するテロ集団というべきかもしれない。ドイツ連邦検察庁によると、「旧ドイツ帝国公民」は「ディープステート」と呼ばれる影の政府がドイツを牛耳っているという陰謀論を信じていた。だから、武力手段で現政府を打倒し、ロシアなどと「新国家秩序」について交渉することを目指しているという。

「旧ドイツ帝国公民」(Reichsburgerbewegung)は、ドイツ連邦共和国や現行の「基本法」(「憲法」に相当)を認めない。ゆえに、政治家や国家公務員の権限を認知しない。「旧ドイツ帝国公民」運動といっても、統一された定義はなく、さまざまな政治信条が入り混じっている。彼らにとって共通点は、ドイツは過去にしか存在しないということだ(「『ファンタシー帝国』に住む人々」2018年1月31日参考)。

ドイツ連邦刑事局(BKA)によると、「旧ドイツ帝国公民」メンバーによる政治的動機に基づく身体侵害、扇動、放火、脅迫などの犯罪件数は2017年は771件、そのうち、619件は実行し、152件は未遂だった。116件は国家公務員への犯罪だ。コロナ規制下の数年間を除き、その後も犯罪件数は上昇傾向にある。独連邦憲法擁護庁によると、メンバー数は2017年には約1万6500人だったが、現在は約2万1000人と推定され、そのうち約5%、すなわち1150人が右翼過激派、2021年度の犯罪件数は1011件に膨れ上がっている。

「旧ドイツ帝国公民」メンバーの数では、2017年のデーターでは、バイエルン州が約3500人で1番多く、次いでバーデン・ヴュルテンベルク州約2500人、ノルトライン=ヴェストファーレン州約2200人だった。今回逮捕されたメンバーたちは、バーデン・ヴュルテンベルク州、バイエルン州、ベルリン、ヘッセン州、ニーダーザクセン州、ブランデンブルク州、ノルトライン・ヴェストファーレン州、ラインラント・プファルツ州、ザールラント州、ザクセン州、テューリンゲン州だ。ちなみに、ドイツの情報によれば、オーストリアとイタリアでも逮捕者があったという。

独連邦憲法擁護庁(BfV)は、「旧ドイツ帝国公民」運動を新しい過激主義運動と受け取り、警戒を強め、2016年から監視対象としている。メディアで大きく報道された事件としては、2016年10月、バイエルン州で1人の「旧ドイツ帝国公民」(ヴォルフガング・P)が警察官を射殺した事件が発生している。Pは昨年10月の裁判で終身刑の判決を受けた。

もちろん、特定の思想に凝り固まり、「時間」が止まり、前に進まなくなった人々は「旧ドイツ帝国公民」だけではない。イスラム圏の統合を夢み、中世時代のイスラム法に基づいた「カリフ国家」の復興を叫び、中東各地で蛮行を繰り返したイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)も同じだ。ただ、ISとは違い、「旧ドイツ帝国公民」には宗教的な要因は希薄だ。

「旧ドイツ帝国公民」の国家転覆計画は昨年11月末ごろから始まった(ブッシュマン法相)という。捜査の出発点は、カール・ラウターバッハ保険相の誘拐を計画していたとして4月に逮捕された「ユナイテッド・パトリオット」グループと、「旧ドイツ帝国公民」のメンバーとのつながりが浮かび上がってきたからだ。

ドイツのメディア情報によると、「国家転覆計画」のトップは、貴族の称号を有するハインリッヒ13世(71)と息子(ロイス王子)だ。ハインリッヒ13世はグループの中央機関の議長を務め、ロシア連邦の代表者と連絡を取ろうとしたという。ちなみに、ロシア大統領府のペスコフ報道官は「ドイツの内政」と述べ、今回の件では何も語っていない。

ハインリッヒ13世親子やヴィンケマン元AfD議員のほか、調査対象となっている人物には、ドイツ連邦国防軍特殊部隊司令部(KSK)の兵士1人とドイツ連邦国防軍の予備兵数人が含まれている。軍事防諜局(MAD)のスポークスマンによると、現役の兵士はKSKのスタッフに配備されているという。また、グラーフ・ツェッペリンの兵舎にある自宅と事務所が捜索された人物は下士官だ。

ドイツのような法治国家でクーデターが発生するという事態は想定外だが、連邦軍や裁判所に関与する人物が今回の国家転覆計画に参加していたことから、捜査側も慎重に調査を進めているところだ。

ちなみに、ショルツ連立政権は今月8日で発足して1年が過ぎた。ドイツで初の3党連立政権(社会民主党、緑の党、自由民主党)は発足直後からコロナ対策からウクライナ戦争、エネルギー危機と物価高騰など次々と難問に直面してきた。そこに極右過激派の「国家転覆計画」が表面化したわけだ。3党の結束と連帯が改めて求められる。

襲撃の目標とされたドイツ国会議事堂 bluejayphoto/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。