「天使」は本当に存在するのか:多くの難問が飛び出してきた1年

このコラム欄では「神」の話が結構多い。同時に、「神」の対抗馬ともいうべき「悪魔」の存在についても書いてきた。もちろん、「神」と「悪魔」の世界だけではなく、両世界の間で苦悩する人間界の状況についても論じてきた。ただ、「神」と「悪魔」と「人間」の世界だけではなく、もう一つの世界「天使界」については書く機会が少なかった。クリスマスも近づいたことだし、そこで「天使」の話を少し綴ってみたいと思う。

大天使ガブリエルがザカリヤに現れる(ベリー公の「時間の書」からのイラスト(1410–1489)Wikipediaより

天使はキリスト教より古く、古代オリエントの人々にも既に馴染みがあったという。ところで、クリスマスは人類の救い主イエス・キリストが誕生した日を祝うことになっているが、マリアに神の子が生まれることを最初に告げたのは天使長ガブリエルだ。マリアは驚くが、そのお告げを受け入れる。ガブリエルはその時、マリアに「その子をイエスと名付けなさい」と言った。すなわち、神がイエスの名づけ親というわけだ。「イエス」という名前自体は当時、けっして稀な、特異なものではなかった。

ちょっと脱線するが、ガブリエルはマリアに現れる前に祭司ザカリヤにも同じように出現し、ザカリヤの妻エリサベツに子供が生まれることを伝える。聖書の書き手は、そのガブリエルのメッセージを信じなかったザカリヤは神の言葉が成就するまでおしとなった、と記している。

ガブリエルがザカリヤに子供の誕生を告げる場面を描いた絵画をみて、「ガブリエルはなぜエリザベツに告げず、ザカリヤに子供の誕生を告げたのか」と不思議に思った。ガブリエルはマリアにイエスの誕生を告げた。同じ脈絡からいえば、ガブリエルはエリサベツに子供の誕生を告げて当然だが、夫の祭司ザカリヤに告げている。当方の推測だが、天使長ガブリエルはザカリヤに「マリアにあなたの子供が生まれますよ」とお告げしたのではないか。イエスはマリアの処女懐胎で生まれたのではなく、マリアとザカリヤの間の子供として誕生したのではないか、という推測が生まれてくるのだ。

ただ、聖書の書き手はその辺の事情を巧みにぼかし、聖母マリアの処女懐胎という話をフェイクした。婚外出産は当時、大きな罪だった。人類の救い主が正式な婚姻で生まれたのではないとすれば、大スキャンダルだ。それゆえに、ガブリエルは祭司ザカリヤの妻エリサベツに子供が生まれると伝えた、という話に変えたのではないか(「イエスの父親はザカリアだった」2011年2月13日参考)。

本題に入る。天使は神が創造した霊的な存在で、光の存在とも呼ばれる。そして神と人間の間の仲介者であり、第一に神のメッセージを人間に伝える役割を持っている。キリスト教会では天使は人間より上位の立場にあるように考える信者がいるが、天使は本来、人間の下に位置する。実際、ユダヤ教では天使は人間より下位の位置に甘んじている。なぜならば、天使は神のメッセージを伝えるだけで、自身の意思を表明することがないからだ。

キリスト教会が生まれた直後は神の言葉、イエスの福音だけを口頭で信者たちに伝えてきたが、次第に聖書の話を絵画を通じて表現するようになった。その際、天使が登場し、多くの天使は翼をもって登場した。天上にいる存在だから翼が必要となるという理由からかもしれない。

聖書によると、天使は神の僕であり、神に頌栄を捧げる存在だ。天使には、ミカエル、ガブリエル、ラファエルの3大天使がいる。「天使」といえば愛らしい存在と考えやすいが、残念ながら事実ではない。17世紀の英国詩人・ジョン・ミルトンの「失楽園」(Paradise Lost)の中で記述されているように、天使(ルシファー)は人類始祖を罪に誘っている。すなわち、“堕落した天使”だ。ただし、ここではクリスマスの雰囲気を壊すので“堕落天使”の話はしない。

「神の使い」として創造された天使には翼があるというイメージがあるが、天使にはもともと翼がない。4世紀半ばに入って初めて翼をもつ天使が登場してきた。

独ボン大学キリスト教考古学研究所は紀元前1000年から紀元後1000年の2000年間の269件の、考古学文献や絵画、ミイラなどを研究した。それによると、天使は当初、翼はなかった。翼をもつ天使が初めて文献や絵画に登場したのは紀元後4世紀半ばに入ってからだ。“神の使者”天使は短い服を着、小さな棒をもった男性として描かれてきたが、ローマ神話の“勝利の女神ヴィクトーリア”(翼をもつ)のイメージと合流し、翼のある存在として変身していったという。天使は霊的存在だからもともと翼はいらないが、時空を超えた存在であることを強調するため翼を付けて描かれ始め、時間の経過と共に今日の“天使像”となっていったのだろう(「『天使』には、本来翼がなかった」2014年12月19日参考)。

当方は数多い天使の中でもラファエル(Raphael)が好きだ。その意味は「神は癒される」で、病人の保護者(パトロン)だ。独仏共同出資のテレビ局「アルテ」で「天使への信仰」について1時間あまりの番組があったが、その番組の最後でナレーターは「天使が生まれてきたのは、神と人間だけしかいなければ、人間が孤独を感じるからではないか」と述べていた。ひょっとしたら、神は人間が孤独に悩まされないように天と地を行き来する天使のような存在を創造したのかもしれない。

2022年はまもなく過ぎていく。コロナ感染問題、ウクライナ戦争、物価高騰、エネルギー危機など多くの難問が飛び出してきた1年だった。神を信じる人々の中には、困窮化にある人間社会に救いの手を指し伸ばさないと「神の不在」を嘆くが、善なる「天使の不在」も問われるべきかもしれない。神も天使も不在の世界は暗闇が支配し、孤独が至る所で渦を巻いているのではないか。

ウィーン市庁舎のクリスマスマーケット pressdigital/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。