世界では現在、至る所で武装紛争が行われている。キリスト教圏ではクリスマス休戦(和平)、イースター停戦、そしてイスラム教圏ではラマダン停戦(和平)といった宗教的な行事名が付けられた紛争間の停戦がメディアで報じられたことがあった。ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻した直後のイースター(今年4月24日)ではロシア軍とウクライナ軍のイースター停戦を模索する記事をこのコラム欄でも書いた。そして今、12月24日にキリスト教会最大の行事、クリスマスが訪れる。そこでクリスマス休戦は実現できるだろうか、と考えてみた(「ロシアは『イースター休戦』に応じよ」2022年4月17日参考)。
ロシアは基本的にはロシア正教が主要宗教だ。一方、ウクライナ国民はウクライナ正教会が中心で、同国西部のポーランド国境に近い地域では東カトリック教会も活発だ。
ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあったが、2018年12月、ウクライナ正教会はロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。いずれにしても、両国ともキリスト教会が主要宗教だ。だから、クリスマス休戦の可能性について考えてみたいのだ。
ロシア軍がウクライナに侵攻して今月24日のクリスマス・イブでちょうど10カ月を迎える。10日間でウクライナの首都キーウを制圧できると考えていたプーチン大統領にとって、戦争の最中にクリスマスを迎える大誤算となった。ロシア軍はここ数週間、ウクライナ国内の発電所、変電所、水道インフラをドローンやロケット弾、巡航ミサイルで攻撃してきた。何十万もの世帯で、電気、暖房、水道が少なくとも一時的に停止状況に陥った。破壊の規模は甚大だ。一方、ウクライナ軍は地対空防衛体制を強化して、ロシア軍のミサイル砲撃、無人機攻撃への対応に乗り出してきている。
部分的動員で兵力強化を図ったが、期待するほどの成果がなかったプーチン大統領はナポレオン戦争やヒトラーのドイツ軍との戦い(独ソ戦)で敵軍を破ったロシアの冬将軍にウクライナ戦争と自身の命運をかけているのかもしれない(「プーチン『冬将軍』の到来に期待」2022年11月28日参考)。
過去、クリスマス休戦が行われたことがある。第一次世界大戦中の1914年12月24日から25日にかけ西部戦線各地で一時的な停戦状態が実施された。その日、最前線で対峙していたドイツ軍とイギリス軍の兵士たちはクリスマスを祝う聖歌や讃美歌を歌い、相手軍の兵士にチョコレートやケーキをプレゼントすると共に、停戦期間、亡くなった兵士の埋葬などに投入したという。
それではウクライナの戦場で両国軍兵士の間で停戦はあり得るだろうか。マリウポリや“ブチャの虐殺”を思い出すとき、学校、病院、幼稚園、劇場などをミサイル攻撃し、多数の民間人を無差別に殺害してきたロシア軍との停戦はウクライナ軍だけではなく、国民にとっても容易なことではないだろう。
ボスニアヘルツェゴビナ紛争は1995年12月、デイトン和平協定で一応戦闘を閉じたが、その後、ボスニア国内の3民族間の和解は進まず、“冷たい和平”と呼ばれてきた。多くの家族、知人、友人を殺害したボスニア紛争は内戦であったゆえに、停戦、和平後も紛争間の和解は容易ではないのだ。同じことがウクライナ戦争でもいえるかもしれない。
ロシア正教会最高指導者キリル1世は、「クリミア半島はロシア正教会の起源だ。キーウ大公国のウラジミール王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した。ウクライナとロシアは教会法に基づいて連携している」と主張し、ウクライナの首都キーウを“エルサレム”と呼び、ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張してきた。正教会の歴史によれば、ロシアもウクライナも同じ繋がりのある兄弟民族といえるわけだ。それゆえに、その兄弟間の戦争は通常の戦争以上に難しいわけだ。
ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官によると、クレムリンではクリスマス停戦案は提出されていないし、モスクワでは誰もそのような申し出を受け取っていないという。すなわち、クリスマス停戦はロシアとウクライナ両国では「議題となっていない」というわけだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は最近、和平合意に向けた第一歩として、クリスマスまでに軍隊の撤退を開始するようロシアに要請したことがある。
プーチン大統領は自称、敬虔な正教徒だ。同大統領は3月18日、モスクワのルジ二キ競技場でウクライナのクリミア半島併合8年目の関連イベントに参加し、集まった国民の前でウクライナへのロシア軍の侵攻を「軍事作戦」と呼び、ウクライナ内の親ロシア系住民をジェノサイド(集団虐殺)から解放するためだと説明し、新約聖書「ヨハネによる福音書」第15章13節から、「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」という聖句を引用したことがある。
プーチン氏はウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフ(1853年~1900年)のキリスト教世界観に共感し、自身を堕落した西側キリスト教社会の救済者と意識している。プーチン氏はひょっとしたら自分をキーウの聖ウラジミールの生まれ変わりと感じ、ロシア民族を救い、世界を救うキリスト的使命感を強く持っているのではないか(「プーチンに影響与えた思想家たち」2022年4月16日参考)。
ウクライナでクリスマス停戦が実現する可能性は残念ながら少ない。前線で戦うロシア軍兵士やウクライナ軍兵士は本来戦闘などしたくないはずだ。家族や友人とクリスマスを過ごしたい。そのささやかな願いが実現できるか否かはプーチン大統領の決定次第だろう。1914年のようなクリスマス休戦は難しいが、21世紀のウクライナでクリスマス休戦が実現されれば、奇跡だ。そして誰もが奇跡に飢えているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。