対露・中へのバチカンの「謝罪外交」:冷戦時代の調停役からは遠い姿

世界に13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁の外交は紛争国間の調停などで世界では一定の評価を受けてきたが、世界の情勢が複雑化するのにつれ、バチカン外交に揺れが見られ出した。

ローマ教皇フランシスコ(バチカン・メディアから、2022年12月16日)

フランシスコ教皇が11月、雑誌でのインタビューの中で、「ロシア軍の中でもチェチェン人とブリャ―ト人出身の兵士はウクライナで残虐な行為を繰り返している」と発言し、批判した。それが報じられると、モスクワは、「キリスト教の教えに反する教皇の少数民族への偏見発言」と抗議した。バチカンは今月15日、ロシア側に謝罪した。

南米出身のローマ教皇の発言で批判や抗議を受け、バチカン広報部が過去、教皇の発言の背景を説明し、関係国、関係者に理解を求めることが少なくなかった。例えば、フランシスコ教皇は2015年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と述べたことがある。この発言が報じられると、世界のカトリック信者から驚きと批判の声が出た。ただ、今回は教皇の発言についてバチカン側はモスクワ側に全面的に謝罪している。

ロシアのプーチン大統領がウクライナにロシア軍を侵攻させて以来、フランシスコ教皇はロシア軍の軍事活動を批判し、ウクライナに支持と連帯を表明してきた。その一方、バチカンはロシア正教会の最高指導者キリル1世とフランシスコ教皇との首脳会談の開催を計画し、教皇とキリル1世の首脳会談を通じてウクライナ戦争の停戦を呼び掛けてきたが、残念ながらこれまで成果は見られない。

フランシスコ教皇は今年3月16日、オンラインでキリル1世と会談し、両首脳間で今後も対話を継続することで一致した。フランシスコ教皇は9月13日、カザフの首都ヌルスルタンで開催された世界の宗教指導者が出席する「第7回世界宗教指導者会議」に参加し、そこでキリル1世との対面会談を計画していたが、キリル1世は会議を欠席した。それ以降、バチカンはキリル1世との会談の可能性を模索してきたが、実現できずにきた。その主因は、ウクライナ戦争でロシア正教会とバチカンの間で意見の相違が大きすぎて、会談しても成果が期待できないことにある。

今回、フランシスコ教皇のロシア軍内の少数派民族出身の兵士の残虐性発言を受け、モスクワは異常と思えるほどすばやく抗議したわけだ。チェチェン人の戦場での残虐性はフランシスコ教皇だけではなく、欧米軍事エキスパートが一致している見解で、教皇独自の批判ではないが、モスクワはフランシスコ教皇の日頃のウクライナ支援、連帯への不満もあって、「教皇の発言は非キリスト教的だ。少数民族への偏見がある」と厳しく非難したわけだ。

ところで、バチカンはロシアに対しては謝罪を強いられたが、中国共産党政権に対しては、2018年のバチカンと中国両国の司教任命問題での暫定合意で中国側の違反として、北京政府に謝罪を要求したばかりだ。バチカンは11月26日、中国でバチカンが認めていない司教が任命されたことで、「合意の違反」として、驚きと遺憾の意を表明した。

バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意し、バチカン・中国共産党政権は関係正常化に前進といわれてきた。

バチカンは、「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で暫定合意した。結局、バチカン側が譲歩したのだ。そのため、暫定合意が報じられると、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した。

バチカン側の情報によれば、中国江西省南昌市で11月24日、同省教区補佐司教の「任命式」が行われた。バチカンには事前に報告もなく実施された。バチカンとは異なり、中国共産党政権はこれまでのところバチカン側の謝罪要求を無視している。

バチカン外交は冷戦時代、東西間の調停役を演じ、“外交に強いバチカン”と呼ばれたこともあったが、ここにきてロシアからは謝罪を強いられ、中国共産党政権には謝罪を要求する、といった「謝罪外交」に追われている。「バチカンの本来の外交からは程遠い」という声が聞かれるのは当然かもしれない。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。