自民党税制調査会は“増税”案を決定しました。NHKは次のように報じます。
防衛費の増額で5年後の2027年度以降、毎年不足する1兆円余りの財源を賄う増税策をめぐり、自民党の税制調査会は15日の全体会合で法人税、所得税、たばこ税の3つの税目を組み合わせる案を了承し、今後の対応を宮沢会長に一任しました。(NHKニュースより引用、太字は引用者)
しかし各社の報道を眺めているといずれも、「防衛費増額の財源を賄う増税策」という文脈になっており、“増税”は実施が前提条件であるかのような扱いです。報道による無意識の“刷り込み”に注意が必要です。
増税に対して支持・反対のいずれの見解であっても、可能な限り事実を基礎とする現状認識にたつことは議論の前提です。まずは現状認識を整理してみます。
日本をめぐる安全保障環境
防衛白書によれば、第一章において「わが国を取り巻く安全保障環境」について次のように記述されています。
パワーバランスの変化を背景とし、現在、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化している。中でも、米中の戦略的競争が激しさを増すとともに、ロシアによるウクライナ侵略など、既存の秩序に対する挑戦への対応が世界的な課題になっている。(令和4年版防衛白書より引用、太字は引用者)
「既存の秩序に挑戦する中国・ロシアなど」“(領土的な)現状変更”を試みる隣国を複数抱える日本は、領土領海の危機に直面しているという状況でしょう。これが日本の公式な認識であるとするならば、日本政府による防衛力の強化は当然の方針です。
欧州の戦争も長期化し、侵攻勃発時の衝撃が薄れるにつれて日本の防衛力強化を「軍拡」と形容する類の言動が見られはじめましたが注意が必要です。また最新の環境認識については、16日に閣議決定される“安保3文書”(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)にも可能な限りあたることが大切でしょう。
防衛費増額は自民党の選挙公約にあった
防衛費増額(GDP比2%以上を目途)自体は、選挙という“禊”もしっかり通過し民意を得ているとみなすのが自然です。自民党は7月の参院選の公約の中に、“国防力を抜本的に強化する”ことを掲げ、次のように明記しております。
NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します。(自民党公式サイトより引用、太字は引用者)
選挙の結果、自民党は勝利を手にしたので、「対GDP比2%以上への国防費増額」自体は少なくとも民意を得たと考えて差し支えないでしょう。
その上で、今になって「いや、選挙の際に増税を説明していない」や「増税ならば改めて国民に信を問うべき」といった物言いをする議員やメディアが目立っておりますが、国民の人気取りや政争の具にするのは、おやめ頂きたい。
仮に本気で言っていたらその政治家やメディアは「ナイーブ」過ぎるでしょう。「今までGDP比約1%だった費用を2%にする、そのために必要な予算を確保する」と選挙前に聞けば、①他の支出を削る、②国債で調達する(償還延期・中止も含む)、③増税する、これらの選択肢の組合せを連想するのが自然でしょう。
筆者は「増税もあるだろうが、最大でも年間一人当たり5万円(≒6兆円÷1億2千万人)くらいか。国家運営の必要経費でしょう。」と単純計算して覚悟しておりました。
世論調査でも防衛費増額支持が過半数
また、防衛費に関する世論の動向は、NHKが定期的に実施している世論調査で時々質問されておりますので、その時系列を整理しました(グラフ1)。
具体的な質問の文言は微妙に変化しますが、防衛費の増加に対する肯定的あるいは否定的な回答という緩やかなくくりで民意の変化を確認すると、ロシアによる侵略の前は「増額反対」が「賛成」を上回っていましたが、侵略を境に逆転、「増額賛成」が「反対」を上回り過半数を維持しています。
※「肯定的(青)」「否定的(赤)」のカテゴライズはNHK世論調査の結果を元に、筆者が集計しグラフ化したため筆者の主観が入っております。正確な世論調査の結果については必ずNHKの原典データをご確認ください。
NHK世論調査 内閣支持率 | NHK選挙WEB
y202212.pdf (nhk.or.jp)
以前検証した通り、NHKの世論調査には、「高齢層偏重」という傾向があり、高齢層ほど慎重な姿勢が強まりますが、それでも増額に肯定的な回答者が過半数という結果を踏まえるならば、「国民意識の実相は、防衛費増額を是認している」と推定します。
財源は「他の予算を削減」するが圧倒的
しかしNHKの世論調査(10月)では、増額に賛成する層でさえ、その財源として「増税」を選択する人は15.5%(≒6人に1人)に過ぎず、圧倒的に多いのは「ほかの予算を削る」で60%を超えておりました(グラフ2)。
つまり増額賛成派でも、「まずは他の予算を削る」という考えが圧倒的過半数(≒100人中61人)であり、次は「国債発行でまかなう」(≒100人中19人)の意見のほうが、「増税」(≒100人中16人)よりも多数であるということです。
更に12月調査では、防衛費増額に賛成の人のうち、「法人増税」に賛成なのは54.5%になりました(グラフ3)。
一般会計だけで100兆円超なのに「1兆円」で増税?
一般会計歳出だけを見ても毎年100兆円を軽く超え、2020年度に至っては150兆円に近い急拡大を現実に行っているのに、「1兆円」のために「国民にご負担(=増税?)をお願い」と表現していますが、意図がよくわかりません。(※これは16日に予定されている総理会見で更に確認します。)
もう一段深く掘り下げた説明がないと納得感がないので、「もしかしたら増税したいから安全保障を出汁にしたのではないか?」との疑念が拭えません。
また一方で「増税ダメ絶対」という方もいます。
しかし、これまでも「消費税増税」で激論が交わされているその横で、社会保険料や再エネ賦課金の負担などは自動的に積み上げられていた事例も考慮すれば、一度視野を広げてみる必要があるかもしれません。
だいたい萩生田政調会長が言った通りに
安全保障環境の激化に対応して国家戦略も改定された今、防衛費増額は必須です。それに対して、防衛予算の増加に伴う、国家としての予算をどう賄うべきなのかについて、今回の自民党税制調査会の決定とは、「来年度に増税する」ことの決定ではなく、今後時間をかけて議論すべきテーマの叩き台です。
そのことは、実は税制調査会の宮沢会長の“上司”にあたる萩生田政調会長が12月6日の政調審議会で、「(防衛費増額財源の)全てを税で賄う、あるいは来年から増税が始まるかのような間違ったメッセージ」を発信すべきではないと指摘していました。
「ハンバーガーを頼むとフルコースを作る」“プロ”の人たち
また萩生田政調会長は6日、インターネット番組に出演し興味深い解説をしていました。少し長くなりますが、文字起こしを添えます(番組を視聴するともっと楽しめます)。
今年の目玉は防衛費なんですよ。向こう5年間で、43兆円を積もうと。日本の抑止力を高めるためには、自衛隊ってかわいそうなくらい脆弱。だって、雨漏りしている耐震補強が必要だっていっていつ倒れるかわからない官舎に、4割の人たちが住んでいるっていうね。ちょっと異常な事態なんで、今までは、日本は防衛費を使わないことが平和の象徴だったんだけど、こんなに周りに、まあ、ねえ、そういう人たちがいるとすれば、「もしもの時はうちだって怒りますよ」っていう姿勢を示さなきゃなんないから、やっぱり防衛費は大事なんですよ。
ところが、今これ毎日報道でやってるけど、来年は、増税なんかしませんよ。だって間に合う訳ないし。だけど将来のためには安定的な財源が必要だから、それは話はしなきゃいけないよねと。で当面は「国債でいい」って言ってるんですよ。もっと言えば来年は税収の上振れがあるから国債なんか発行しなくても大丈夫だと思っているんだけど。
問題は、税の議論もしなきゃいけないよねと。だけど議論しだしちゃうと、さっき言ったこの「プロの人たち」はですね、「ハンバーガー」でいいのに、「ハンバーグのフルコース」を作っちゃったりするんですよ。前菜からスープまで、頼んでないのにね。それがおっかない訳ですよね。
来年はやらないと。増税はしないと。だけど将来のために、どういう税を考えておくかってことを、決めなきゃなんないんだけど、割と税調の世界ってもう、「パクって入ってくるとですね、ワーってこう、みんなで調理しちゃう」ってところがあるんですよね。
昨日からずっと言ってるんだけど、税制の議論が始まると、「増税になるんじゃないか」って国民は思いますよね。だから「いつまで税は上げない」しそれもね、防衛費が膨らむからって全部を税でやるわけじゃないんですよ。色んな財政努力をして、その上でどうしても足りない部分が一定程度見えてきたときにこれをどうやって税に負担をするかってこういう話なんで、順序はこっち(財政努力)が先なんですよね。努力がね、政府としての。だから、そんな心配しなくていいんですけれど、どうしてもすぐに税の話になっちゃうと、「もしかして来年4月から、防衛費のために増税か?」なんていうとせっかく「防衛の構えを高めてくれないと困りますよね」と思っている国民も、何税だかわかんない増税の話だけ出てくると、「いや、そこまでするならこの位でいいかな」って思うじゃないですか。そこがちょっとおっかないんで、気を付けないと。
(以上、同番組より筆者文字起こし。)
まとめ
与野党ともに政治家は様々に主張し、マスメディアは様々に曲解して断片的に伝えて“世論”らしきものを膨らまします。しかし彼らが基礎とする“事実認識”の中には、実相とかけ離れているものも散見されます。
整理すると、国民は「まずは防衛費予算の優先順位を上げる(≒他施策の優先順位を下げる)。そして日本という国家予算に不足分が見込まれるならば、国債(起債・償還延長/中止)、あるいは増税もやむなし」という現実的な考え方をしているとみていいのではないでしょうか。
今回の税制調査会の結論は増税の決定ではなく、政権与党の責任として国民に対して「議論の出発点を示してくれた」ということでしょう。これには国民の側も建設的な世論醸成に貢献することが大切でしょう。つまりこれは私たち国民自身の問題です。
あなたはどうしたいですか。